
今年立て続けに提示された新たな女性のコースモデル、「ローサ型離婚」「アンナ型再婚」。別居をあとに回して籍を外す離婚、病を得たあとでの50代以降の再婚など、従来の結婚離婚の定石ではないスタイルです。法律の専門家からこれらを見る場合、どのような課題や検討点、注意点があるのでしょうか。労働問題を中心に、女性と子どもの権利保全についても活動を続ける伊達有希子弁護士にお話しを伺います。
中編記事『私たちにはもう「勢いで離婚」する体力がない。だからこそ緻密に「これからの50年」を考えて準備して人生をリスタートしたい』に続く後編です。
話をあとに回しましたが…「ペアローンで家を買った人たち」が抱えている離婚リスクとは
さて、「ローサ型離婚」(前編)で敢えて伺わなかったお話を最後に質問です。ローサさんたちのお家の所有は明らかになっていませんが、もしも共有名義、あるいはペアローンでマンションを購入していた場合、離婚にはどのような困難があるのでしょう。
「ペアローンに限らず、住宅ローンの残高が多い離婚は財産分与において困難がつきまとうことが多いです。すでにローンを払い切って住宅を売却できる、あるいはローン残高より高く売ることができてローンを精算できるならよいのですが、ローン残がある状態で家を保有したままの離婚は非常にやっかいです。住宅ローンの債権者であり抵当権者である銀行や保証会社は、原則的にローン残高がある場合に不動産の名義変更には同意しないからです」
やっぱり、非常にやっかいなんですね。あまり深く考えずにペアローンを組んでいる方、結構多いのではと思います。
「ペアローンは夫婦がそれぞれ債務者であり、互いに連帯保証人になっている場合が多いですから、ローン残金をすべて返済しないとその不動産を夫、妻のどちらか一方の所有物にできず、財産を分与できないわけです。ここで実家が登場して、じいじやばあに返済資金を出してもらってローン残金を一括で払ってその後身内で解決するという例はよく見ます」
ということは、いまよく話を聞く35年で1億5000万のペアローンというのは、さすがにジジババも建替きれないと思いますから、もう絶対離婚をしないつもりで買わないとならないですね……。
「でも、離婚しない覚悟で買ったとしても、未来はどうなるのか誰にもわからないですよね(笑)。借金が残って離婚するケースは結構ありますし、逆に離婚しても不動産の所有権を財産分与で取得することも不可能ではないですから、ペアローンのみに固執する必要はないと思います」
裁判所が必ずしも女性の抱えるストレスを理解し共感してくれるというわけではない
さて、ここまで話を伺って、社会制度上男女どちらも面倒になるケースが想像より多いいっぽうで、やはり女性が一方的に辛さを引き受ける部分もまだまだあることがわかってきました。できれば全部半々になってほしいなと感じます。なにも男女論を展開して対立させたいわけではなく、むしろそれ以前、女性が土俵にあがれていないというか。
「きっと婚姻生活に限らず、社会のありかたそのものに不満を抱いている女性がいっぱいいますよね。そして、男性はその不満の根本をあまり理解していないな、と長年感じています。何が女性をそんなにイラつかせるのか、不満に思わせるのか、原因の部分にあまり関心がないのかなって」
たとえば、ローサさんが表現していたような「男女の温度差」は実際の離婚裁判のケースでもかなり出てくるものでしょうか?
「はい、浮気や暴力など明白な理由のない、いわゆる性格の不一致での離婚はたくさんあります。そういう場合、調停や訴訟の裁判的手続をとる場合は、民法770条1項5号の『婚姻を継続しがたい重大な事由』があるかどうかが争点となります。この中で昨今、よく相談があり判断が難しいのはモラハラです」
え、なんで? いまモラハラめっちゃ問題ですよね。記事でもすごく読まれます。
「モラハラっていまだ根拠の基準が示されてないんですね。セクハラ、パワハラは厚労省の通達や裁判例も結構あるので、その基準や判決の内容を踏まえて判断することが可能なことが多いですが、モラハラは、何をもってモラハラというのかその基準がはっきりしていないので『婚姻を継続しがたい重大な事由』があるかという判断が難しいなあと感じています」
なるほど、言われてみれば女性の側からも、どこまでが性格の不一致で、どこからモラハラと言っていいのかわからない部分があります。本当に夫の言動がおかしいのか、それとも自分が神経質なだけなのか、何かしらの尺度を持って定量的に評価するのはかなり難しそう。
「ローサさんの場合も、調停や裁判になっていたら難しかった可能性があります。というのも、ローサさんは長年ワンオペ育児で大変な暮らしだったでしょうが、夫が家にお金をいれてないわけではなかったでしょう。お誕生日に大きな指輪をプレゼントされたエピソードが話題になりましたが、裁判所はこうした件も夫から妻への愛情表現として『ご主人はご主人なりに努力なさっていますよね』と考える可能性はあります。これも女性と男性の考え方、大事にしていることの違いがあります」
ああ、なるほど、「したこと」を数え上げて定量評価として扱うならば、たとえこちらが迷惑であろうとプレゼント「した」からカウント1つということですね。失礼ながら「家裁ガチャ」という言葉を聞いたことがあります。妻の側に多大な不満があっても、思ったほど司法は味方をしてくれないと。家に帰ってこない、育児に協力しないという不満も、会社にいたのならばそれは仕事ですよねと判断されてしまうと聞きました。
「ですが、妻側も夫憎しで視野が狭窄しがちかもしれませんから、その点はよく考えてください。いっぽう、社会構造の問題も確実にあります。男性は社会で働いて家計を支えることを重要しすぎて、家庭で妻や子どもがどう考えているかを気づこうとしない」
このギャップは本当に、埋まる未来がくるのかなというくらいに、埋まらない気がしています。国民病とはこういうことを言うのでは……。
「ちょっと話がそれますが、先日上場企業で地位も高い男性とお話した際に『え、児童相談所っていまだにあるんですか』と不思議そうに言われてしまって、絶句しました。こういう現実がまだある国ですから、専業主婦であればなおのこと、ずっと家にいるストレスを夫はわかってくれないという思いが募るでしょう。話が最初に戻りますが、女性が社会的な身分を維持して、自分らしく生きていくには、経済的に独立すること、つまり収入を得続けることはとても大事なのです」
各国の離婚事情にはその国で女性がどう扱われているのかが如実にあらわれる
オトナサローネは「モラハラ」「離婚」にまつわる話題を多く取り上げますが、これは我々が知らずの間に縛られている「イエ制度」はもう限界ではないだろうか?と考えての方針です。ゆっこ先生のここまでの助言に反して、私個人は究極を言うと「もう少しカジュアルに離婚できるといいな」と思っているのです。
というのも、「女子どもには当然のように人権がなかった」明治民法から、令和のいまも女性の権利の根本は変わっていないなと感じるんですね。これが変わる一歩目が「離婚の自由」なのではと考えるからです。家族のことを全部お母さんのせいにするのをやめていただいて、イエから出ていく自由を獲得するのは割と大事なのではないかなと。
「うーん、さすがに明治民法からは若干は変わっています。が、そもそも両性の平等が謳われたのは戦後、日本国憲法になってからです。また、戦後も同じ父親の子であっても愛人の子、いわゆる非嫡出子については法定相続分が嫡出子の半分という扱いが続きました。2013年に最高裁が違憲判決を出して現在は変わっていますが。言葉を選ばず失礼しますが『外に産ませた子ども』という概念が2013年まで延々残っていたんですね」
ええ、2013年? 私たちの時間感覚からいうとつい先日ですね、そんな差別的な概念が先日までまだあったんですか、こわ。
「また、事実婚は認められつつあるとはいえ、相続をどうするかは本人の合意、いわゆる契約によって決められるものであって、国としてはその制度を設けていません。ですから、今後人口が激減するにあたっては、少子化問題の解決と共に、夫婦、そして家族のあり方を新たな視点から考えてみてはどうかと思います」
日本はやっぱり、家族制度を重く見過ぎている感じがします。戸籍制度そのものはとてもよくできた世界に誇る制度だなと思うのですが、いっぽうでその仕組みを重視しすぎているというか。もう令和になったのに、いまだソロ暮らしの人が「いつまで一人なんだ」と言われてしまう背景に、この戸籍の位置を重く見過ぎている状況があるのではと。他人の恋愛やら婚姻やらはプライバシーなので口にしないという常識が早く普通になってくれないかなと思います。
「世界各国を見ても、離婚の問題って、女性がその社会からどう扱われているかに直結するのかなと感じることがあります。日本は現在、男女雇用機会均等法などを制定し、女性も働きやすい環境を整えようといろいろ制度を整えています。労働制度そのものは、女性に対する一定の配慮もなされてどんどん整備が進んでいると思いますし、大企業はそうした国の方針を取り入れて様々な試みをしていると思います。しかし、大半の人が勤務する中小企業がその通りかというと、まだまだなところがあります。これをシビアに痛感することもしばしばです」
もうひとつ、女性が進出しても「私は苦労したんだからあんたがラクするのは許さない」的な、負の遺産の継承も問題ですよね。例えばテレビ局とタレントを巡る諸問題でも、真相がどうであったかは別として、やはり「セクハラくらい我慢しなさい」という風潮はあったと思われます。
「離婚だって『いいご主人なのに離婚なんてわがまま』『これだけ尽くしてもらっているのに贅沢よ』なんて知り合いに言われたと泣きながら私に相談する女性がたくさんいます。しかし、その婚姻を継続するかどうかは個人の選択です。いまの日本社会ではなかなか、自分の自由意志を貫き通すことは難しいですが、ひとつ自己決定の自由度を上げてくれるのが収入です。女性もみんな働こう、そのために働きやすい環境を整えよう、女性がそうした社会を作るようがんばろう、今回私はこれをいちばん言いたいですね!」
最初から読む>>>「ローサ型離婚」「アンナ型再婚」、私たちが取り得る新しい自己決定バリエ。これらが持つ「まだ見えていない法律的な盲点」って?

お話/弁護士 伊達有希子先生
新千代田総合法律事務所所属。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会 労働法制委員会 委員。第一東京弁護士会 司法研究委員会LGBT部会 委員。人事労働、会社法務(商事・民事事件等)倒産法務などを手がける。主な著書は『賃金・賞与・退職金の実務Q&A』(共著 三協法規出版)『これからの法教育-さらなる普及に向けて』(共著 現代人文社)『裁判例を活用した法教育実践ガイドブック』(共著 民事法研究会)『詳解 LGBT企業法務』(共著 青林書院)。



