「別府」と聞くと何を思い浮かべますか? まずは間違いなく「温泉」。ピアノ好きなら「別府アルゲリッチ音楽祭」を思い浮かべるかもしれません。もうひとつ、さらにコアな人が思い浮かべる可能性があるのが「混浴温泉世界」をはじめとするアートプロジェクト。そんな別府でリノベーションによる宿+複合文化拠点「HAJIMARI Beppu」を運営する建築家・光浦高史さんに別府とアートについて伺いました。
近寄ると魅入られる人が出る。別府という複雑な歴史を持つ街が持つ「魔」

HAJIMARI Beppuの1F、HAJIMARI LOUNGE。定期的にトークイベントや展覧会、「ARTIST BAR」などを開催。
「いま進行中の『オルタナティブ・ステート』[ALTERNATIVE-STATE] というプロジェクト、語源は聞きましたか?」
と光浦さん。別=オルタナティブ、 府=ステイト。なるほど! 想像上の空間やありさまも含んだ「もうひとつの国を見立てる」という意味もあるそうです。
「別府ではNPO法人『BEPPU PROJECT』が2009年から芸術祭を続けてきました。越後妻有の『大地の芸術祭』第1回が2000年、『瀬戸内国際芸術祭』が2010年ですから、国内でもかなり早くからの取り組みでした。『オルタナティブ・ステート』はこの流れの一つとして2022年に始動したプロジェクトです」
半年に1組のアーティストを招聘、4年間で8つの作品を制作する同プロジェクトではこれまでに5作品 (2022年度 サルキス、マイケル・リン 2023年度 トム・フルーイン、栗林 隆 2024年度 中﨑 透)を設置しました。
そして2025年2月23日、第6弾であるパノラマティクス主宰・齋藤精一の作品が公開されます。
「今回の齋藤氏作品は、その地域固有の歴史的・地形的な 『軸線』 を光の線で表現する作品シリーズ、『JIKU』の新作です。が、まだ私たち地元のアートサイドにも作品は公開されていませんからとても楽しみにしています。別府の目抜通りの上空に一筋の光が伸びるものだと聞いていますので、きっとカップルが全国からこの光を見るために旅行に訪れる美しさなのではないかと」
隣り合った市でも「これだけ違う」。大分市と別府市、その気質とは
こう語る光浦さんは別府の生まれではなく、 1977年神奈川県出身。大分市の磯崎新作品「アートプラザ」の改修と学生時代の恩師の紹介がきっかけで建築家・青木茂さんに弟子入り、大分市での暮らしをスタート。やがて隣の別府市に興味をひかれ、「こっちもかなりおもしろそうだな」と2020年にオフィスを移転。すでに25年を大分の地で過ごしているそう。
「まさに別府の魔力に魅入られての、執念の移転でした。大分から別府へ、この土地に育てていただいた25年です。大分市と別府市って車で30分程度の隣町なのですが、全然気質が違うんですよ。まず、大分という土地はクセがなく、スマートで都会的な感覚が強い。そのエリアの首都であるプライドを持つ一方、特徴的な独自文化のゆりかごでもあります。建築家の磯崎新や反芸術運動である『ネオ・ダダ』、赤瀬川原平は大分という土地なくしては生まれなかったでしょう」
じつは日本の西洋音楽や西洋医療の発祥は大分市なのだそうです。ええ、本当ですか?
「はい。ポルトガル人商人が1557年日本初の西洋式病院である『府内病院』を開設、日本で初めて西洋式外科手術を行いました。1557年には日本初の日本人による聖歌隊が組織されています」
戦国期のキリシタン大名・大友宗麟の時代に「豊後」BUNGOという地名はすでに西洋に認知されています。あまり自己主張をしないようでいて、大分とは実はそういう土地なのだそう。
もしかしてその2つの違いは、たとえば横浜と川崎、千葉と幕張みたいなもの…?

別府のアート事情を聞かせてくれた建築家・光浦高史さんは「BEPPU PROJECT」とのかかわりも深い。
「いっぽうの別府はおせっかいでホスピタリティが過剰なくらいにあり、でも昔から国際温泉保養都市として思考も感覚もグローバルです。APUなど大学が複数あり、世界の100ヶ国以上の人々が暮らしています。全体的に地元が教育に熱心で、子どもを大阪や東京のみならずダイレクトに海外に送り出すケースも多々あります」
背景にはこのエリアの歴史が大きく関わっているのではないかと光浦さんは感じるそうです。
「かつて別府は天領でした。金鉱山があり、鉱物、硫黄もミョウバンなど独自性の高い産出物を誇るちょっと特殊な場所。かつ、湯治場であり、湯治の気晴らしのエンタメ文化と花街があります。なんで温泉街でアートなの?と私もしょっちゅうお客さんに質問されましたが、逆に『アートが湧き出てしまう素地しかない』という土地なんです」
花街には文化を支える工芸が育ち、職人が多数暮らすようになります。いわば、自然に芸術が生まれてくる土壌。
「別府はいかなる創作者にとっても、肥料・栄養を得られる土地だと思います。私も育ててもらった。誰もがプレイヤーになれるし、やる気を見せると引っ張り上げてくれる土壌だと思います。そういうものもある意味、お湯と一緒に湧き出ている魔力なんだなと(笑)」
この湧き出る魔力は「温泉が湧く土地が引き受けてきた歴史」の上に成り立った奇跡

光浦さんが主宰する建築設計事務所DABURA.mのメンバー。別府を中心に建築設計、空間再生、地域デザインに取り組む。
ところで別府は約11万人という人口に比してグルメの名店が多いことでも知られます。中でも焼肉店や中国、韓国料理の「ちょっと変わった」名店が多く、とり天発祥の「東洋軒」、別府冷麺の礎となった焼肉店「平壌苑」「春香苑」、冷麺店として知られる「胡月」や餃子「香凛」などが挙がるでしょうか。
こうした食の発展の背景には中国大陸・朝鮮半島からの船が着く港としての歴史があると光浦さんは言います。
「別府は言うまでもなく古くから湯治場として栄えた町ですが、戦前は海軍の軍艦の寄港地としても栄えました。軍艦が接岸すれば海軍の兵隊さんたちが町に出て宴会をしますから、花街が栄えます。温泉を利用して傷病兵が療養する海軍病院も作られました。戦前から都市計画が進んだ近代温泉保養地である上、戦後は大陸からの引揚船が着く港の一つでしたから、一時期は人口密度が日本でいちばん高い町だったそうです」
お隣の大分市は重工業都市だったため度重なる空襲被害を受けましたが、一説に別府は米軍が接収後保養地にするため空襲しなかったとも言われるそう。実際は空襲リストに入ってはいたものの保養地であるためプライオリティが低かったと考えるのが妥当だそうですが、こうした運の巡りも魔力の一つと言えるかもしれません。
「戦後は米軍の駐留でお金が落ち、引揚の人たちも商売を始める。四畳半を一区画にして階下で商売し、階上に引揚者が暮らしていた『別府中央市場』がまだ別府には残っています。いまはそこで若い人たちが営むベトナム料理屋さんやコーヒースタンドが入り、新しい活気を生んでいますが、温泉街とはもともと傷ついた人や病気の人も多く訪れる街。長い長い歴史の中でいろいろな背景の人たちを引き受け続けた結果、どんな暮らしも成り立たせる助けのある町になっていったのでしょうね」
このように、近世、近代、戦前、戦後の引揚時代、高度経済成長、その後「社員旅行で宴会」の風潮が終わるとともに一気に「斜陽化」が進んだ別府に対する再生の思いの一つが「BEPPU PROJCT」に結びついたのだろうと建築家である光浦さんは感じているそうです。
別府に「ないもの」が作り出すコミュニケーションの魔窟

今回の作品 Distorted 『JIKU』#023 D-1|BEPPU
よそ行きで難しい印象のある芸術表現ですが、別府を他の芸術祭と対比する場合、ひとことで特徴を言い表すと「日常」というのが光浦さんの見立てです。……日常?
「自宅に浴槽がない家も多く、みんながマイジモセン(地元銭湯)を当然のように持つ別府では、訪れたアーティストはまず共同温泉に連れて行かれて浸かることが多いわけですが、アーティストという生き物は大抵はコミュニケーションがものすごく上手です。もちろんまったく交流をしない人もいますが、それぞれの角度で温泉を経由してこの土地に関わり、溶存していくという印象です。温泉の効果が極めて大きい」
こうして作り出された新しいアートが公開スタートする2月23日(日)、これを記念してアーティストの齋藤精一氏のトークが開催されるほか、故・坂本龍一氏が創設した東北ユースオーケストラのスペシャルな演奏会が開催されます。当日リーチ可能な範囲にお住まいの方はぜひこのメモリアルな日にご参加を。詳細は以下から。

齋藤精一『JIKU』別府での照射実験風景(2024年10月3日実施)
■齋藤精一 アーティスト・トーク
日時|2025年2月23日(日) 16:00~17:30
会場|トキハ別府店 7階レセプションホール (大分県別府市北浜2-9-1)
登壇|齋藤精一 ([ALTERNATIVE-STATE] 招聘アーティスト)
進行|山出淳也 ([ALTERNATIVE-STATE] ディレクター)
料金|無料
定員|50名 (要予約、先着順)
予約|下記のフォームまたは電話でお申し込みください。
https://pro.form-mailer.jp/fms/206fac1b292558
TEL:0977-22-3560
■作品完成記念点灯式
日 時|2025年2月23日(日) 18:30~19:00
会 場|つるみカーパーク屋上 (大分県別府市駅前本町1-5)
料 金|無料
定 員|なし (予約不要)
■別府から未来へ繋ぐコンサート
日 時|2025年2月23日(日) 19:00~20:00
会 場|つるみカーパーク屋上 (大分県別府市駅前本町1-5)
出 演|東北ユースオーケストラ※
料 金|無料
定 員|なし (予約不要)
東北ユースオーケストラとは:東日本大震災の被災三県を中心とした子どもたちで構成されるオーケストラ。音楽家の故・坂本龍一氏を代表・監督として2014年に設立され、活動を続けています。今回は、そのうち4名のカルテットでの演奏です。
https://tohoku-youth-orchestra.org/
■リリース
[ALTERNATIVE-STATE] 第6弾|パノラマティクス/齋藤精一の光のアートが中心市街地に出現
https://alternative-state.com/topics/20250120_1159/
撮影/Muryo Honma (Rhizomatiks)(齋藤精一氏写真)