学歴はどこまで影響する?教育経済学者・中室牧子先生と考える「稼ぐ力を育てる」子育て | NewsCafe

学歴はどこまで影響する?教育経済学者・中室牧子先生と考える「稼ぐ力を育てる」子育て

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慶應義塾大学総合政策学部教授・中室牧子先生
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 リセマム編集長・加藤紀子による連載「編集長が今、会いたい人」。第7回のゲストは、慶應義塾大学総合政策学部教授・中室牧子先生。2024年12月に上梓した『科学的根拠で子育て』(ダイヤモンド社)から、学歴と将来の収入の関係、勉強ができる子にするために親ができること、デジタルツールとの適切な関わり方など、最新の研究にもとづく話を聞いた。

学歴や学力は将来の稼ぐ力につながるのか
加藤:今、日本は少子化が急速に進む一方で、「シックスポケット」と言われるように、子供1人あたりにかける教育資金は非常に大きくなっています。塾に通い私立校を目指したり、インターナショナルスクールで教育を受けたりと、教育投資に重きを置く傾向について、先生はどのようにお考えでしょうか。

中室氏:「子供が将来成功するためには、高い学力や高い学歴が必要」という考えが完全に間違っているわけではありませんが、最近の研究によると、将来の賃金の変動を説明できる要素として学力が占める割合は10%程度にすぎないとも言われています。

加藤:将来の収入やキャリアの成功について、学力や学歴では説明できないという結論に至ったということでしょうか。

中室氏:はい。こうした研究がようやく出そろうようになったのは、子供のころの教育が大人になってからどのような影響を及ぼすか、長期にわたって追跡調査するデータが蓄積されてきたからです。教育の影響は20代の就職選択から50代の管理職としてのキャリア形成まで、異なる人生のステージでそれぞれ現れてきます。20代は初めて労働市場に出て仕事をしたり、転職を考えたりと職業選択が大きなテーマですが、50代になるとマネジメントを担ったり、場合によっては新たな事業を立ちあげたりすることもあり得るでしょう。

 だからこそ、教育が果たす役割も「若いときだけに役立つもの」という視点では不十分で、長い人生を見据えてどのようなスキルを身に付けるべきかを考えることが大切なのです。

 ところが、私が勤めるような世間で難関と呼ばれる大学では、大学受験をゴールだと考えている人も少なくありません。大半の学生は入学してから、むしろそれがスタートに過ぎないということに気が付きますが、中には親や先生に言われるがままに勉強してきて、大学に入って燃え尽きてしまう人もいます。

 人生は勉強の連続です。私たちは仕事や生活の中で新しい知識を学び続ける必要があります。ですから、若いころに「勉強は苦しいもの」と捉えてしまうと、その後の人生全体が苦しくなってしまう。長い視野で「何を学び、どう生かすのか」を考えることが重要だと感じます。

加藤:受験で成功したとしても、後の人生で「学ぶことが嫌になった」となれば本末転倒ですね。受験勉強も学歴そのものを目的にするのではなく、学びに向かい続けられる力を身に付けるプロセスとして捉えることが大切ですね。

中室氏:「どんなスキルや考え方を身に付けると人生という持久走を最適化できるのか」といった視点は、最新の著書『科学的根拠(エビデンス)で子育て』のアイデアの根底にありました。特に経済学者は、学力や学歴よりも、職業や環境が変わっても維持できる「稼ぐ能力」に注目します。「高い収入を得られるように子供を育てる」という視点に抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、親にとってわが子の経済的な自立は実直な願いではないでしょうか。どんなに勉強ができても、経済的な自立に至らなければ、親としては心配ですよね。

加藤:親にはわが子が自分らしい生き方を見つけ、社会の中で自分の価値を発揮して生きていける力を身に付けてほしいという願いはあるものの、それは突き詰めると、結局子供が衣食住に足り、経済的に苦労してほしくないという親心に行きつきますよね。

中室氏:だからこそ、学力や学歴を大切にする保護者が多いのも自然なことだと思っています。ただ、それだけでは子供の将来が安泰になるわけではないというデータがあがってきており、研究が進んでいるということも事実として受けとめておきたいところです。

慶應義塾大学総合政策学部教授・中室牧子先生稼ぐ力を育てるために子供時代にやっておくべきこと
加藤:先生は今回のご著書のなかで、将来の収入をあげるために子供のときにやっておくべきことベスト3として、「スポーツ」「リーダーシップ」「非認知能力の向上」をあげていらっしゃいますね。

中室氏:はい。この3つを選んだのは、特定の条件や属性に限定されず、広く全体的に効果があり、かつ将来の収入に寄与する効果が非常に大きいからです。

 たとえば、「スポーツ経験者は、将来の収入や職場での評価が高い傾向にある」という研究成果があると聞くと、「チームスポーツをやっている男子は就職にも有利なのではないか」などと思われるかもしれませんが、実際にはスポーツの種類によらず効果があることがわかっています。特定のグループに限らず、スポーツを通じた協調性や忍耐力の育成は、後の人生で大きな武器になるというのは実証されています。

加藤:リーダーになることも将来の収入をあげるという研究もあるそうですね。

中室氏:将来の収入をあげるだけでなく、採用や就職で有利になるほか、学力や学歴も高まるという研究データもあります。また、リーダーシップは性格的な資質だと思いがちですが、実は習得できる「スキル」だということもわかっています。親や周囲の大人が、子供に対して積極的にリーダーシップをとるように働きかけることが有効です。

加藤:3つ目の非認知能力も将来の収入をあげるということですが、もう少し解像度をあげて教えていただけますか。

中室氏:非認知能力の中身はさまざまですが、複数の地域や国のデータを用いて、将来の収入との関連が明らかになっている非認知能力は3つあります。それは、「忍耐力」「自制心」「やり抜く力」です。さらに、最近になればなるほど、高い対人関係能力を必要とする仕事の雇用率は一貫して上昇しており、非認知能力の重要性が増していることもわかっています。

「子供と過ごせる時間が少ない」のは悪影響なのか
加藤:最近は共働きの家庭が多くなり、子育てに十分な時間をあてられないことに後ろめたさを感じている保護者は少なくありません。限られた時間の中で、親はどんなことを意識して子供に向き合えば良いでしょうか。

中室氏:ただ、働くお母さんと専業主婦のお母さんで子供と過ごす時間に大きな差があるかというと、必ずしもそうではありません。実際、生活時間調査といった時間の使い方を記録するデータでは、働き方の違いが子供との時間に大きな影響を与えないという結果は世界的にも多く見られます。

 一方で、子供の認知能力や非認知能力に与える影響において、幼少期こそ親との時間が大切という研究も多く、できる限り子供との時間を確保する方がベターだとも思います。しかし、経済的な理由やライフスタイルの制約で難しいこともありますよね。そんなときは、他のサポートを受けることもひとつの解決策です。

 たとえば、祖父母に協力をお願いする、保育士やベビーシッターに助けてもらうことも有効な手段です。おじいちゃんおばあちゃんとの時間は、子供の言語発達やコミュニケーション能力に良い影響を与えることも知られています。ただ、甘やかされ過ぎて肥満が多くなるという傾向もあるので、そこは親が気を付けてほしいところです。

勉強ができない子ができる子になるには?
加藤:ストレートな質問ですが、勉強ができない子をできる子にするために親ができることはありますか。

中室氏:一番は学習習慣を付けることです。最近は「子供の主体性を尊重する」といった風潮がありますが、勉強に関しては、特に小さいうちに勉強の習慣をしっかりと身に付けさせることが重要だと思います。ただし、学習習慣を付けさせようと子供の隣で見張るというようなやり方では、むしろ勉強を「苦行」と思わせてしまうだけで、かえって勉強嫌いにしてしまう危険性があります。

加藤:今は手元にいつもスマホがあり、気が散りやすい環境ですから、大人でも自己コントロールは難しいですよね。子供にはなおさらではないでしょうか。

中室氏:難しいからこそ、習慣がどのように形成されるかというのは教育経済学の研究の中でも非常に重要な分野のひとつです。勉強や運動、健康管理など、私たちが成果をあげるために欠かせない「習慣」は多く、これをどう形成していくかが成功への鍵となるからです。

 サンディエゴ大学の生徒を対象に、大学生がスポーツジムに通う習慣をどうやって形成するかを調べた興味深い研究があります。最初の5週間は、ジムに通うごとに少額のお小遣いをもらう仕組みを導入し、その後は報酬がなくなるという実験が行われました。面白いことに、5週間後にお小遣いがなくなっても大学生たちはその後もジムに通い続けました。この結果から、報酬が最初の習慣形成に重要な役割を果たし、習慣が根付くと報酬なしでも続けられるということがわかります。お子さんの勉強の習慣化を進めるには、最初は軽いごほうびや報酬を用意してあげることが有効かもしれません。

加藤:子供が小さいうちは、ごほうびはメダルやトロフィーのようなものの方がやる気を刺激するという研究もありますね。

中室氏:そうですね。あるいは、その都度ちゃんとほめてあげることも効果的です。朝起きたら歯を磨くように、勉強することが当たり前の習慣になれば、一番恩恵を受けるのは子供自身です。まずは5週間、スモールステップで積み重ねていくことで習慣化できると良いのではないでしょうか。

ICT機器との適切な関わり方は?
加藤:コロナ禍を経て子供たちにも学校で1人1台のパソコンやタブレットが普及しました。ICT機器の活用は、教育にどのような影響を与えていますか。

中室氏:学校でのICT機器の活用が進む中、その効果については世界中で多くの研究が行われています。ほとんどの研究ではデジタルツールの導入が教育に良い影響を与えると結論付けられています。その背景には、子供たちの認知特性が多様であり、個別最適化された教育が可能になる点があげられます。

 私たちのグループでも埼玉県の小中学生のデータを分析しており、約30万人分のビッグデータを扱っています。その分析によると、成績分布では上位0.2%程度の子供たちが、ギフテッドと呼ばれる非常に高い認知能力をもっている一方、下位0.2%の子供たちは学習面で大きな課題を抱えていることがわかりました。このような状況下では、教師が全員に対して適切な指導を行うのは難しいため、ICT機器を活用して個別最適化された学習の重要性はますます高まると考えられます。

加藤:一方で、子供がそんなICT機器を自室にもち込んで閉じこもったり、放課後や休日の時間が動画サイトの視聴に費やされてしまったりといった状況で困っているご家庭は非常に多く、付き合い方が悩ましいところです。

中室氏:自由に使わせ過ぎると、学力が低下するという研究もあります。タブレットを使った30分の宿題、60分の宿題、90分の宿題というグループに分けてその成果を比較した研究があるのですが、長い時間やればやるほど学力が高くなるわけではなく、逆に生産性は低下するという結果も出ています。特に、小さい子供は集中力が長く続きません。家でICT機器を使う際には、一定の時間制限を設けることや、リビングで使用するなど親の監督下で使用することが大切だと思います。

 ただし、だからといってデジタルなものを忌避し、かつての紙をベースにした教育に回帰すべきとは思いません。今の学生はスマホ、タブレット、パソコンを駆使し、非常に合理的でこちらが感心させられることも少なくありません。ましてや、生まれた時からICT機器が身近にある環境で育っている今の子供たちは、我々大人が思っている以上に時代のニーズに応じた進化を遂げていくはずです。親としてこの点を留意しておくのも大切ではないでしょうか。

科学的根拠(エビデンス)との正しい付き合い方
加藤:最後の質問になりますが、子育て渦中の保護者に向けて、科学的根拠(エビデンス)との正しい付き合い方・生かし方についてアドバイスをお願いします。

中室氏:子育てに関する情報には、科学的根拠(エビデンス)を重視する意見から、個人による体験談を大事にする意見などさまざまなスタンスがあります。

 日本では、まだエビデンスに基づいた教育データの蓄積が始まったばかりで、限られたデータしかありません。先に述べた埼玉県の学力調査データもとても優れていますが、これでもようやく6年間の蓄積で、海外では30年~40年にわたる長期データによる研究が進んでいるため、まだ大きな差があるのが現状です。ただ、科学的な研究はそうやって徐々に進んでいくものであり、海外での研究も日本の保護者や教育者に役立つものはたくさんあります。さまざまな研究成果を保護者のみなさんはうまく活用し、ご自身の子育てに役立てていただければと思います。

 たとえば、「成績が下がっているから部活をやめさせたい」と迷っている保護者に対して、担任の先生が「部活をやめて成績があがったケースはほとんどない」「むしろ部活動を続けている生徒の方が進学実績は良い」と話したとしても、「そんなはずはない」「それは先生の知っている生徒だけだろう」などと思われることの方が多いかもしれません。ですが、「実は6,000人規模のデータが根拠にあります」と人数が大きいデータで説明されれば、やはり説得力がありますよね。このように、エビデンスも体験談も「良いとこどり」して、自分の家庭に合った方法を見つけていくのがベストだと思います。あまり完璧を目指さず、無理なく続けられるやり方を取り入れてみてください。

加藤:ありがとうございました。


 少子化の中で教育費が高騰し、子供の進路や学校選びに悩まない保護者はいないのではないだろうか。「学歴=将来の成功」という図式が必ずしも成り立たないことを示す研究が増えている中、エビデンスの力を使って、子育ての何に対してお金と時間を投資するかを冷静に見極め、アップデートしていくことが大切だと改めた感じたインタビューだった。

《吉野清美》

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