コストか投資か…小学校受験のとらえ方
よくある誤解のひとつに、「私立小学校に進学すれば中学・高校受験が不要になるため、塾代がかからず結果的に教育費が抑えられるのではないか」という考えがある。確かに、私立一貫校に進学すれば、中学受験塾に通わずに済むこともあるが、それがそのまま“経済的”と言えるわけではない。
実態として、子供が私立小学校に通う家庭も、教育費をしっかりとかけている。進学塾に通う子も一定数いるのが現実であり、さらに英語や音楽、スポーツ、プログラミングなど、多岐にわたる習い事や課外活動に参加している。私立小学校の授業料に加え、これらの習い事に月数万円単位の費用を投じている家庭は決して少なくない。
つまり、「進学塾に通わないから経済的」という構図は幻想にすぎない。教育への投資の形が変わるだけで、コストが消えるわけではないのだ。受験準備にかける費用と、進学後の教育環境をどう設計するか。小学校受験は、金額面だけで考える家庭にはお勧めできない。「私立小学校＝コストパフォーマンスが良いか否か」という問いは、単なる学費や通塾費の比較では測れない。私立小学校を選ぶ家庭は、通学区域で学校を決めるのではなく、自ら子供の教育環境を選びたいという意志をもつ家庭である。教育環境の選択が、将来の子供に与える影響は決して小さくない。「学費を抑えたい」からではなく、「子供に合った環境で学ばせるための環境への投資」と考えているのだ。
「私立小に入ったらそのまま進むだけ」という想定は危うい
一方、首都圏では中学受験の過熱が進む中、小学校受験で早期に進路を確立し、その後の受験ストレスを抑えようという動きも見られる。だが、洗足学園小学校の高学年に子供を通わせている保護者のAさんは、「洗足学園小学校は、私立でありながら中学受験を目指す児童が多く在籍する小学校であり、受験対策に活用できるオリジナルの学習プログラムも整備されている。小学校受験の方が手がかかり、その後は成長に伴い自立していくので自分で勉強していくだろう」と考えていた。だが、現実は想像とはまったく異なっていた。
「10歳以降は本当に大変です。小学校受験のときは、褒めたり怒ったり、“乗せて”いけばなんとか対応できた。だが今は、子供の精神的な成熟と共に、親子のぶつかり合いも増えてきた。友達との情報共有もしているし、子供自身が知恵をつけている。金銭的負担ではなく、精神的な大変さがむしろ増していると痛感する日々です。」
このように、金銭的なコストだけでなく、精神的なコストをどのようにとらえるのか。個々人によっても大きく異なるというのが実態だ。
また、私立一貫校でも、中受組との学力差をなくすために、内部進学の試験の難易度が上がる学校が増えており、 「私立小に入ったらそのまま進むだけ」という想定は危うい。
受験における「コスパの良さ」は、家庭の価値観によって大きく変わり、また子供が将来どのように育つかは育ってみないとわからない。「この受験が1番コスパが良い」と断定できるような正解は存在しない。そして、私立小学校受験をする場合も、お金と時間をかければ合格率が上がるわけではない。どこに時間とお金を配分するか、限られたリソースの中で、各家庭でいかに最適化できるかが問われている。
「小受沼」から逃れるためのオンライン活用法
小学校受験は、子供だけでなく親の負担も大きい。幼児教室への毎日の送迎、ペーパー・絵画工作・巧緻性・体操・行動観察のクラス参加、模試の受験、その他多くのセミナー。多くの家庭で、受験準備は生活全体に影響を与える大きなプロジェクトとなる。
その中で、近年注目されているのがオンライン教材の活用だ。従来の教室型の学習に加え、自宅で学習できるオンラインコンテンツを併用する家庭が増えている。映像教材を活用することで、通塾の回数を調整できるようになり、塾代や送迎の負担が軽減されたという声も聞かれる。共働きで小学校受験に取り組む家庭が増えている中、教室での対面指導とオンライン学習を組み合わせることで、より効率的な受験対策が可能になってきている。
「幼児が一人で集中して映像学習に取り組むことができるのか」と懸念する声があるが、多くの家庭では「習慣化しやすく、子供が自分で学びに向かうようになった」という実感が得られているようだ。
「動画なのに、まるで先生が見ているみたい」年中の子供を育てる保護者のBさんは、年少の頃からオンライン学習を家庭に取り入れてきた。「最初は、子供が1人で進めるのは難しかったので、iPadの操作をサポートしたり、一緒に描いたり作ったりしていました。でも、年少の11月を過ぎた頃から、自分でiPadを扱えるようになってきて、今では一人でやるからママは別のことして、と言われます」現在は、わからないところや気になる部分を、子供自身が動画を巻き戻しながら繰り返し確認するなど、主体的に学習するスタイルが自然と身に付いてきたという。
「驚いたのは、難しい課題にぶつかったとき。子供が諦めそうになると、先生が『難しいけど、がんばって』と声をかけてくれるんです。そのタイミングの良さには本当に驚かされます」。子供も、画面の中の先生に話しかけるように、「先生、これはちょっと難しいよー」とつぶやいたり、「先生、遅いね！」と楽しそうに声をかけながら進めているとのこと。「もともとは、机に向かうのも一苦労だったんです。でも、動画学習が大好きなので、『動画をやってからペーパーをやろう』とルーティンを作ったら、学習の入りがとてもスムーズになりました。子供は勉強しているという感覚はなく、作りたいからやっているみたいです」生活の中に取り入れ、ペーパー学習のハードルも下げるようにルーティン化しているBさんの家庭は、効率的・効果的にオンライン教材を活用している好例と言える。
コスパ・タイパより親子の意味ある時間を
オンラインの活用が進む一方で、SNS上の匿名情報に振り回され、「受験服は学校のカラーに合わせたオーダーメイドが良い」という根拠のない情報に惑わされるなど、無駄な出費をしてしまう保護者も少なくない。本来注ぐべき子供との遊びや学びの時間に、十分なリソースが割けなくなるケースもある。
「コスパ」や「タイパ」といった言葉は、教育の世界にも持ち込まれるようになった。しかし、子供の成長に関しては、そう単純に割り切れるものではない。子供がどの学校に通い、どんな教師や仲間と出会い、どんな経験を重ねていくのか。その積み重ねが、長期的な成長を大きく左右する。その「成長のかたち」はひとりひとり異なる。結果に対してコストとパフォーマンスの関係性を数値で捉えることは、本質的に不可能である。
教育とは、目に見える効率ではなく、目には見えにくい確かな変化を、日々積み重ねていく行為である。情報収集に費やしている時間こそがもっとも「コスパが悪い時間」なのかもしれない。
むしろ、その時間をわが子と向き合い、語り合い、一緒に悩む時間へと変えていくことに、教育という営みの本質があるはずだ。他人の答えを探す前に、自分たちにとっての「意味ある時間」を問い直す。その姿勢こそが、子供の未来に対する最大の"投資"なのではないだろうか。
【執筆者】株式会社コノユメ 代表取締役 大原 英子
東京大学卒業後、大手通信会社勤務。その後、自身の母親が30年続けている受験絵画教室のメソッドを活かし、2011年小学校受験専門幼児教室設立。
その後、2022年5月に株式会社コノユメを設立し、家庭学習をサポートするオンラインSCHOOLを開校。
慶應義塾幼稚舎、慶應義塾横浜初等部、早稲田実業学校初等部、雙葉小学校、白百合学園小学校、東京農業大学稲花小学校、など難関校へ多数の合格者を輩出している。
