ビールの売り子からキャバ嬢転身も葛藤の日々「いくら頑張っても青天井」上野移籍で変化したこと | NewsCafe

ビールの売り子からキャバ嬢転身も葛藤の日々「いくら頑張っても青天井」上野移籍で変化したこと

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天宮りな(C)モデルプレス
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【モデルプレス=2025/10/14】キャバクラ「Club蓮 上野」で活躍する天宮りな。中学受験の挫折、母子家庭での生活、そして歌舞伎町での奮闘。数々の経験を糧に築いたキャリアと、夢を叶えるための“俯瞰の思考法”を語った。【インタビュー全2回の1回目】

【写真】ビールの売り子から転身した美人キャバ嬢

◆歌舞伎町のキャストレベルの高さに驚愕― まずはキャバ嬢として働き始めるまでの経緯を教えていただけますか?

天宮:最初のきっかけは新橋のスカウトでした。その時は18歳だったんですけど、右も左もわからず、とりあえず銀座のクラブを紹介されました。ただ若いというのもあってかなかなか採用してもらえず、結局最初に入店したのは六本木のクラブでした。

― 夜職に対して不安はありませんでしたか?

天宮:歩合で働きたかったので、18歳になったら夜職を始めようとずっと思っていました。夜職に対して怖いイメージもなかったし、若かったから逆に怖いもの知らずで働き始められたんだと思います。その時からビールの売り子はしていたから、合わなかったら辞めればいいやって感じでした。

― 夜職を始める前は何を?

天宮:高校卒業してからはビールの売り子をずっとしていました。その時にスカウトされた感じですね。ただ六本木のクラブは3〜4ヶ月くらいしか在籍していません。そのあとは野球のシーズンオフでビールの売り子ができないときの繋ぎとして、派遣のキャバクラをしていました。

― キャバクラは派遣が最初だったんですね。

天宮:そうですね。地方のキャバクラなど転々としていて、その中で働きやすいキャバクラがあり、結局野球のシーズンが始まってもキャバクラを続けるようになりました。その後、キャバクラ一本に絞って働き始めました。

― そのあと蓮に?

天宮:川越のキャバクラで働いていたんですが、本気でやるなら都心かなと思い歌舞伎町のキャバクラに入りました。蓮に入店したのはその後ですね。

― 歌舞伎町から上野に場所を移して変化はありましたか?

天宮:歌舞伎町の時は女の子みんなが切磋琢磨しながら売上を追いかけている感じでした。でも「蓮」は良い意味で緩く働けるというか。歌舞伎町の頃からのお客様には「トゲが取れた」って言われます(笑)。

歌舞伎町で2年働いたんですが、やり切った気がして。ガツガツ売上を追いかけるスタイルよりも緩く楽しく働きたいなと変化していきました。

― そのスタイルに「蓮」が合っていたんですね。

天宮:そうですね。「蓮」はスタッフさんがめちゃくちゃしっかりしているというか。本当に普通の企業みたいに体制がしっかりしているんだろうなと感じます。

女の子同士も仲が良くてガツガツしている感じはあまりないです。土地柄なのか昼職をしている子もいて、キャバクラ一本でガツガツやっていこうというキャストが少ないのもあるかもしれないですね。

◆歩合という理由で始めたビールの売り子― これまでのキャリアの中で、最も成長を感じた経験や学びを教えていただけますか?

天宮:やっぱり歌舞伎町の2年間の経験はすごく大きいと思います。歌舞伎町に来るまでは結構自信があったんですが、実際来てみたらすごい人ばかりで“井の中の蛙”でした。そこから半年くらいは喰らいつくのに必死って感じで。売れるようになっても先が見えないというか、周りにはすごい人ばかりなのでいくら頑張っても青天井でした。ただその経験があったからこそ、スキルも上がったし精神的にも強くなったと感じます。

― 歌舞伎町の経験があったからこそ今があるんですね。

天宮:たまにお客様から「上野っぽくないね」と言われるんですけど、自分の中の基準が上がってるんだと思います。緩く働いているつもりでも、周りからは頑張ってると思ってもらえるんです。もちろん頑張る時もあるんですけど、ずっと走り続けるのは辛いので緩く働いている時でもそう思ってもらえるのは歌舞伎町の経験があったからですね。

― これまでの人生でターニングポイントになった経験はありますか?

天宮:私は中高一貫校に通っていたんですが、高校は通信にいくことにして兵庫から東京に出てきたんです。その経験はかなり大きいなと感じます。

― 一貫校に入らなかったのには何か理由が?

天宮:私は母子家庭で育ったんですが、上に兄がいて大学まで進学していました。私もそのまま高校に上がったら学費を払うのが大変だと思い、通信に通い自分で払うと決めました。正直勉強漬けが辛かったというのもありますが。生活費も学費も払う必要があったので、歩合のビールの売り子を始めたというのも大きな理由ですね。

◆天宮りなの挫折を乗り越えた方法― りなさんがこれまでの人生の中で挫折や辛いと感じた経験はありますか?

天宮:中学受験で第一志望に受からなかったんです。小3から丸4年間くらい塾に通っていたのに、希望の学校にいけなかったのは最初の挫折だったなと感じました。中学受験をする子って周りにそんなにいなかったし、「中学受験するらしいよ」って周りに言われていたので、より情けなかったというか。

― そこからは立ち直れましたか?

天宮:母にも申し訳なかったし、地元に顔を出すのも躊躇する時期はありました。ただ、中学に入ってみると私と同じ境遇の人がたくさんいたんです。みんな中学受験をして入学してきたし、それこそ私みたいに第一志望に落ちて入学してきた人もいた。私は少数派だと思っていたけど、同じ境遇の人が周りにいると苦しみも共有できるし、それからは気持ちも楽になりましたね。

◆天宮りなの夢を叶える秘訣― それでは最後に夢を追いかけているモデルプレス読者へ、りなさんの「夢を叶える秘訣」を教えてください。

天宮:一歩引いて俯瞰的に自分を見つめるのは大切かなと感じます。「今、私こうなっているな」って。自分のことだけどちょっと他人事っぽく考えると感情的にならず物事を考えられるようになります。

― その考え方はいつからですか?

天宮:昔から自分を俯瞰で見る癖があるんです。よく家で一人で考える時間があるんですけど、その時にその日の自分を俯瞰で見ることが多いですね。例えば「今日この人(自分のこと)は悔しい思いしてるな」とか「今日この人(自分のこと)は態度悪かったな」とか。自分を俯瞰で見ることができれば、主観が入らないので自分が悪いことをしてしまった時もすんなり受け入れることができるんです。

― 難しそうですね…。

天宮:慣れだと思います。私はずっとそう考えてきたから今では癖みたいになっていて。少しずつ俯瞰で自分を見るようにしていけば、主観抜きの考え方ができると思います。

― ありがとうございました。
母子家庭で育ちながらも自分の道を切り拓き、歌舞伎町での経験を糧に上野で輝く天宮りな。俯瞰で自分を見つめ続けるその姿勢こそが、人気を集める理由なのだろう。

◆まとめ

母子家庭で育った過去や、中学受験の挫折、そして厳しい歌舞伎町での経験。りなの言葉の端々から感じられるのは、逆境を乗り越えてきたからこその、しなやかな強さだ。常に自分を俯瞰で捉え、冷静に次の一手を考える彼女の思考法は、多くの読者に夢を叶えるヒントを与えてくれるだろう。

(modelpress編集部)

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