
夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。
今回は、18歳年上の男性と結婚したJさんのお話です。出会った当初、彼はとても穏やかで頼もしい人でした。「君を幸せにする」「一生守る」まっすぐにそう言葉をくれるその姿に、Jさんは心を奪われました。
けれど、その言葉の裏には、「自分の思い通りになる女性」を求める欲が潜んでいたのです。
「従うこと」で愛を得ようとしてきた女性
Jさんは、小さな頃から厳しい両親のもとで育ちました。両親は、些細な失敗にも厳しく、テストで95点を取っても「あと5点足りない」と叱る。泣いても「言い訳をしないの」と突き放される……。
「できて当たり前」「甘えは許されない」そんな空気の中で成長しました。
そのため、誰かに「こうしなさい」と言われると、反射的に「はい」と答えるようになります。たとえ心の中で違和感を覚えても、相手の機嫌を損ねることのほうが怖かったのです。
「怒らせてはいけない」「嫌われたくない」「必要とされたい」
そんな思いが、Jさんの中に深く根を下ろしていきました。
だからこそ、彼が言ってくれた「守る」「幸せにする」という言葉に、Jさんは心から救われたような気持ちになりました。「やっと自分を愛してくれる人が現れた」そう信じて、結婚を決意したのです。
けれど、それは彼がJさんを“自分の言うことを疑わない、従順な女性”だと見抜いたうえで、“支配しやすい相手”として選んだにすぎなかったのです。結婚後、夫はJさんの従順さをいいことに、自分の意見を押し付けるようになります。
それでもJさんは、長年染みついた「人に従うことで安心を得る」生き方のまま、夫の支配を疑うことなく受け入れていったのです。
夫の口癖は「言うとおりにしていれば大丈夫」
夫がいつも口にしていたのは、「言うとおりにしていれば大丈夫」という言葉でした。
それが、支配のはじまりでした。夫は常に冷静で、怒鳴ることもありません。けれど、Jさんの生活は少しずつ“ルール”に囲まれていきました。
夫にとって結婚とは、愛情を育てるものではなく、「子どもを得るための計画」でした。Jさんがそのことに気づいたのは、結婚して間もないころ。夫は淡々とした口調で言いました。
「無駄なことはしたくない。妊娠の確率が高い日だけしよう」
その日から、Jさんは毎朝、基礎体温を測り、グラフを夫に見せることが日課になりました。夫は体温表を見つめながら、「今日は確率が高い」とだけ言い、行為に及びます。
そこには、思いやりも愛もありません。ただ受精させることを目的とした行為。夫にとって、Jさんは“子どもを産むための存在”でした。愛の対象ではなく、目的を果たすための「道具」だったのです。
もちろん、Jさんも心のどこかで「おかしい」と感じていました。けれど、夫の冷静で理屈っぽい物言いの前では、自分のほうが間違っているように思えてしまう。
「きっと、これが普通の夫婦なんだ」
そう自分に言い聞かせるのが精一杯でした。
厳しい両親に育てられ、いつも“承認されること”を求めてきたJさんにとって、夫の言うことを聞いていれば見捨てられない、“必要とされている”という安心感がありました。
寂しさを感じながらも、「これが結婚というもの」「ここが私の居場所」そう思い込もうとしていたのです。夫から愛されているという実感はない。けれど、夫の言葉に従っていれば、自分の居場所は保たれる。夫に逆らったら、自分は行く場所がなくなる……。
その恐怖から、Jさんは自分の心の声を聞くことをやめてしまいました。
「妻」ではなく「子を産んだ人」として扱われる日々
子どもが生まれてから、Jさんの役割は“妻”から“子を育てる人”へと変わっていきました。夫は表面上、家庭を大切にしているように見えます。休日は子どもを連れて家族で出かけ、学校行事にも参加します。けれど、その姿はまるで“父親としての自分”を演じているようでした。
Jさんに対して、夫は必要最低限の言葉しか交わしません。会話はいつも業務連絡のように淡々としていて、Jさんが何を感じているのかには一切興味を示しませんでした。
夫名義のカードを渡されていたので、生活費にも困らず、欲しいものも買うことができました。
「お金で苦労させていないのだから、不満はないだろう」夫はそう言って、夫婦関係のすべてをその一言で終わらせてしまうのです。
夫にとって妻とは、子どもを産み、家庭を維持する存在。愛情を注ぐ対象ではなく、家庭というシステムを正確に機能させるための“役割”でした。
Jさんは、夫に自分の寂しさを伝えることができませんでした。何を言っても「感情的になるな」と返され、気持ちの通じない相手に、もう感情を向ける気力が残っていなかったのです。
夫の浮気発覚。最後の願いさえ砕かれて…
「私に興味がなくても、家庭だけは壊さないでほしい」その最後の願いさえも、夫は裏切りました。夫が他の女性と旅行に行っていたことが発覚したのは、夫の携帯に届いた「また二人で旅行に行こう」というLINEの通知を見たときでした。
Jさんが「どういうことなの」と問いただすと、夫は冷静に言い放ちました。
「浮気は犯罪じゃない。民法上の問題だ。文句があるなら離婚すればいい。養育費と慰謝料を払えば済む話だろ」
その言葉を聞いた瞬間、Jさんは悟りました。夫の中には“罪悪感”という感情が存在しないのだと。法に触れていなければ、何をしても構わない。それが夫にとっての“正義”だったのです。
なぜ、夫はこんな言葉を平然と言えるのか。そこには、モラハラ加害者に共通する心理構造があります。
モラハラ加害者に見られる心理的特徴
・罪悪感の欠如ではなく、「支配の正当化」
夫にとって「悪い」とは法に触れること。法律を盾にし、自分の支配を正当化する。
・他者への共感より「論理の勝利」を優先する
「相手を理解する」よりも「論破する」ことに価値を置く。相手を包み込むより、支配できる状態を保つことで安心する。
・優位を保つための「理屈の鎧」
感情で責められると面倒なので、「法的には」「理論的には」と理屈で封じ、相手の気持ちに向き合うことを拒む。
人は、長く支配の中にいると、“自分の意思”そのものを持つことが怖くなります。自分の考えを持てば、今の状況に身を置けなくなるからです。
Jさんは、そうして少しずつ、自分の心を閉ざしていきました。
結婚当初、「君を幸せにする」と言ってくれた夫。けれど、その言葉は“支配のはじまり”だった…本編では、18歳年上の夫に従い続け、愛のない日々を受け入れてきたJさんのお話をお届けしました。
▶▶「愛されなくても、私は私」支配の結婚生活を生き抜いた妻が見つけた“自分の居場所”とは
では、Jさんがやがて“愛される自分”ではなく“自分を失わない生き方”の大切さに気づき、ある場所を訪れた経緯についてお伝えします。



