
俳優・文筆家 中江有里さんの最新刊『日々、タイガース、時々、本。猛虎精読の記録』(徳間書店・刊)は、朝日新聞社のサイト『好書好日』で連載中の『中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」』の書籍化。読めばわかるのですが、かなり異色の構成です。なぜ?で頭がいっぱいになるその経緯を伺いました。
前編記事『役者は常に「なり切る」、だから私も「タイガースファンになり切る」ことから始めた。女優・中江有理さんが語る阪神タイガースとの3年間』に続く後編です。
「とんでもない腹痛に襲われた」。腎血管筋脂肪腫で搬送されていちばん「しんどかったこと」とは?

――さて、書籍のエピソードのひとつに、大きな病気をなさった経緯が描かれています。現在は大丈夫なのでしょうか?
おかげさまで、経過観察を続けながら元気に過ごしています。腎血管筋脂肪腫(AML)、腎臓の腫瘍が破裂し出血したという経緯です。40歳のときに人間ドックで発見され、破裂のリスクは指摘されていたので毎年検査していましたが、コロナでしばらく通院を控えていた間に悪いほうにいったのでしょうね。
腫瘍は痛くもかゆくもなく悪さもしないのですが、突如破裂したので失血死しそうになりました。止血手術をしてから輸血をしたのですが、ある程度回復するまで上を向いたままひたすら病院のベッドで安静というのが続きました。当然食事もなにもできずテレビもネットも見られない、これがとんでもなくつらかったです。上を向いたままただひたすら痛みに耐え、貧血がひどすぎて吐き気もあったのでそれとも戦い、何も食べていないから吐いても何も出ないけれど、それでも吐きたいんです。
腎血管筋脂肪腫は一般的にあまり知られていないようで、1冊だけ出ていた本を取り寄せたら私の執刀医が著者でした。良性の腫瘍で、それ自体は悪さをしませんが、大きくなると突然破裂するリスクがある。無症状なので腫瘍の存在に気づいていない方も多いと聞きました。私の場合はたまたまドックで見つかり、経過観察していたまさしくその病院に救急搬送され、たまたま医師も揃っており、手術室に空きがあったという、最強の幸運に恵まれました。
――とんでもない痛みの中で搬送されたのだと思いますが、それでも救急隊員さんにかかりつけの病院の名前を伝えて「そこに搬送をお願いできたら」と言えたということでしょうか。これはとても重要ですね。
はい、救急車で病院の名前を言えました。もっと近い病院もありましたが、いつもかかっている病院にできたほうがよさそうだと名前を伝えたらそこに搬送してもらえて、即検査して手術に入りました。幸運が重なった部分もあります。金曜の午後に入院したのですが、同じ病院にたどり着けたとしても、休日だと違ったかもしれません。たまたま同じ病気で倒れた方が周囲にいるのですが、なんと出張中だったそうで、とても大変な思いをされていました。
診断がつかないこともあるし、どこに運び込まれるかの運もあります。地元ではない地域を移動中ならもっと大変ですし、ましてや飛行機に乗っていたらどうなったか。私は自宅で倒れましたが、これまで経験したことのない痛みに一歩も動けず、生まれて初めて死を意識しました。もしあれが外だったら怖いですよね、ましてや誰も助けてくれない一人の場所だったら。
長い更年期症状。ホットフラッシュ、のぼせのほか、「めまい」に苦しんで見出した打開策は

――これは非常に勉強になるエピソードです。というのも、更年期ごろにはこうした思わぬ大きな不調が出ることも多々ありますから、いざというとき搬送してもらいたい病院を決めておきそこに自分の診察データを貯めておければいちばんいいなと。他に不調は出ていますか?
はい、ずっと更年期症状が続いています。ホットフラッシュ、のぼせ、めまいなどが中心です。この3年ほど大豆イソフラボン由来のサプリメント「エクエル」を飲んでいます。先輩の女性陣から更年期症状のひとつ、手指の関節が痛くなる「へバーデン結節」の話を聞いていて、こういう恐れがあるのでなるべく早く対処したほうがいいとアドバイスされて調べたんです。
私はエクオールを作る力が弱いようで、一時期は漢方も服用していましたが、今はエクエルのみ。めまいも結構激しくて、美容院で髪を洗ってもらうときに椅子を倒してもらいますよね、あれでくらっときて具合が悪くなるのが立て続けに起きてしまって。
何でそうなるんだろうと自分なりに調べて、髪を切るときに試したりした結果、誰かに倒してもらうのではなく自分の意思で倒れないとならない、またまっすぐ後ろに倒れちゃダメ、横になって倒れればいいことが判明しました。それがわかってからは、美容院のスタッフに「自分の意思で倒れるので」と言って倒れてします。「私の意思で上を向くのでちょっと待っててください」。
――それはすごいですね。めまいに悩む人は比較的多く、アンケートによっては2割3割から声が挙がるのですが、めまいを回避する倒れ方を自力で見つけ出したというお話はあまり例がないかもしれません。
美容院のアシスタントさんはまだお若いので女性にこうした時期がくることをご存じないのですが、こういうめまいが起きるのだと説明すると、みんなわかりましたと協力してくれます。そりゃそうですよね、20代の頃の私も50代はめまいがおきるとかわからなかった。説明するのは大事だよなと改めて思っています。
自分の具合の悪さは自分しかわからないので自分で対処するしかないですよね。症状がとてもひどいときもあって、立ち上がれない日もありましたが、これが一生続くわけではないのもわかっていました。そのときの波や年齢などの関連もあると思います。
――ちなみに、その更年期のめまいはある日、たとえば生理周期が乱れ始めてから突然始まったのでしょうか?
いえ、じつは私の場合、めまいがいちばんひどかったのは30代でした。舞台に上がって降りてきたらもう立てないこともあったくらい。緊張がマックスになってそれがゆるんだ瞬間にめまいが出ていたんでしょうね。このままよくならないのかなと悲観的になったこともあります。30代でこんなにひどいだなんて、この後どうなるんだろうと。
鍼灸に通ったりとあれこれ対策するうち、三半規管が弱いこともわかってきました。この、弱いということに気づくのも大事でした。弱いものを弱いなりにどうカバーしてあげるか、自分の体を自分で采配しないとならないんですよね。試合じゃないけれど、それを探求するのは楽しいしことですし、結果自分もラクになります。
繰り返す不調は「なにか原因がないか」を探ると劇的に改善することがある
――特にめまいはずばり効く治療法があまりなく、どうしても長引きますからウツウツとしがちなのですが、そこで受け身をとらず攻めの姿勢で探求していく姿勢がすごいなと思います。
もともと調べるとが好きで、疑問が湧くとすぐ調べます。なんでこうなのかが気になるんです。もしかしたら突破口があるかもしれないですから。
子どものころから片頭痛に悩まされていて、体質だからしょうがないとあきらめていたのですが、あるとき頭痛外来であまりに頭痛が辛いと訴えたところ「あなあたの頭痛はどういうときに起きますか?」と聞かれました。少し考えて「映画館で映画を見るときに起きます」と答えたら、「体調が悪いときに暗闇で強い光をあびたら当然頭痛が起きます」と即答されました。そういうことだったのか!と。気づかなかったので衝撃的でした。
それまでの私は、ただ映画が好きで見に行くだけなのに何でこんなに具合が悪くなるんだろう?と心底悩んでいたんです。原因のある反応なのだということがわかったら、それ以降は不調に再現性がある場合、何かしらの共通する原因がないかを考えるようになりました。
例えばお天気が悪いとき、中でも台風がくるときって頭痛が起きることが多くないですか? 私は多いので、もう台風がくるならば頭痛が起きる前に薬を飲むようになりました。痛くなってから飲んでも遅いことに気づいたんです。
このように、繰り返すならば対処法を考えればいいとわかったことで、不調が劇的に少なくなりました。むしろ、こうした因果関係に気づいていなかったことにびっくりしました。
――不調を嘆く一方にならず、よくよく考えてみると何かが見つかり、楽になることもあるよというメッセージですね。これも大変勉強になります、ありがとうございます。最後に、書籍の中でいちばん気に入っているエピソードを教えてください。
25年5月に新潟で見た対DeNA戦です。 スコアは1-0。9回裏2アウトでタイガースは負けていて「今日はもうダメだ」と誰もが諦めかけていた時でした。この日が 初スタメンの若手、高寺選手が同点打となるホームランを打ちました。この瞬間は球場で絶叫しました。 野球は最後まで、まさに9回裏ツーアウトまで諦めてはいけないということを、はじめて目の前で目撃しました。この試合は結局延長12回まで戦って1-1で引き分けになりましたが、私は勝ちに等しい引き分けだと思っています。
その時に取り上げたのが中島らもさんの『お父さんのバックドロップ』。弱いプロレスラーが息子に「お父さんのことは尊敬していない」と言われて世界チャンピオンに勝負を挑むという話で、詳しくは書籍で読んでいただきたいのですが、このエピソードから「あらゆることはやってみないと分からない、だから私も諦めずに頑張ろう」と思えたんです。
この、9回裏ツーアウトからのエピソードは奇跡ではなく、選手の努力がそのタイミングで偶然花開いただけ。ですが、開花の瞬間を見る機会はなかなかなく、年間143試の中で劇的な終わり方なんて数試合しかありません。それを目の前で見られたのはこの1試合だけです。心に残る試合でした。
つづき>>>役者は常に「なり切る」、だから私も「タイガースファンになり切る」ことから始めた。女優・中江有理さんが語る阪神タイガースとの3年間

『日々、タイガース、時々、本。猛虎精読の記録』(徳間書店・刊)
お話/中江有里(なかえ・ゆり)さん
俳優・小説家・歌手。1973年大阪府生まれ。法政大学卒業。89年デビュー。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか』ヒロイン。映画『学校』『風の歌が聴きたい』などに出演。NHKテレビBS2「週刊ブックレビュー」で長年司会を務めた。読書に関する講演、小説、エッセイ、書評も多く手がける。著書に小説『愛するということは』(新潮社)、『わたしたちの秘密』(中公文庫)、『水の月』(潮文庫)、『万葉と沙羅』(文春文庫)など。文化庁文化審議会委員。



