











やすらぎさんコラム
地域のボス猫だったシロちゃん。外猫時代のミケちゃんに店先でごはんを与えると、ミケちゃんは必ず半分残して裏にいるシロちゃんを呼びに行っていました。そのお返しにとシロちゃんは足にハンデのあるミケちゃんを外敵から守ってくれていました。
ミケちゃんが治療室内で暮らすようになった2016年の晩秋、いつもは見かけないエリアの駐車場でうずくまっていたシロちゃんの姿が…。以前は僕が近づくとサッと逃げていたのに、その日はそばに寄ってもじっとしたままでした。それがシロちゃんを見る最後の日になってしまいました。「どこかに姿を隠して人知れず死んでいったのかな…」その駐車場の前を通る度に切ない気持ちになっていました。
しかし、実際は駐車場の近くにお住まいの方々が、元気のなくなったシロちゃんのお世話をして看取ってくださったのでした。当時お世話をして頂いていた方のおひとりの息子さんが内科生で、ご実家を改装して開業され、僕の治療室に挨拶に来られた時にシロちゃんの話を切り出されたのです。「シロちゃんは孤独に死んでいったんじゃなかったんだ…。人間の温かい手の中で旅立っていったんだ」思わず込み上げてくるものがありました。
息子さん(田先生)は在宅診療もされているとのことでしたので、母の診察をお願いしました。優しく明るい藤田先生が母は大好きでした。母は膵臓がんを患って2023年の春に亡くなったのですが、藤田先生は主治医として母を看取ってくださいました。

やすらぎさんコラム
お隣の会社の社長さん
治療室のお隣にあったインテリア関係の会社が2024年末をもって閉業されました。
ミケちゃんはお外時代この会社の敷地をトイレに使わせてもらっていました。それでも社長さんは嫌な顔一つせず「この子はすごく賢いんですよ」といつもミケちゃんのことを褒めてくださっていました。
会社の敷地は、ミケちゃんが身を守る為の隠れる場所が何カ所かあり、社員の皆さんも優しかったお陰もあってミケちゃんはハンデがありながらも生き延びることが出来ました。
ミケちゃん「社長さん、社員の方々本当にありがとう。皆さんどうか元気でいてね」

******
▶▶【次回配信】#5に続く
◀◀【前回】関連記事を読む
世界は優しさで溢れている! 外猫だったミケちゃんを治療室内に迎え入れるまで【続 ミケちゃんとやすらぎさん】



