
首都圏の中学受験が過熱するなか、女子御三家、男子御三家と呼ばれる超難関校は、首都圏中学受験業界の一大ブランドとして輝きを放っています。
今回お話を伺ったのは、会計事務所で事務職に従事するふみかさん(仮名:52)。次男・J君(仮名:15)は、東京の御三家のうちでも人気の高いA中学に合格したものの、当時の偏差値ではA中学にわずかにおよばない神奈川のB中学を選んだそうです。ふみかさんは、そんな決断の裏には小学校受験をして私立大学付属の伝統校初等科に補欠合格した長男の「後悔」が影響していると話してくれました。
【どうする?小学校受験と中学校受験】
長男は小学校受験で伝統校に合格。でも「ないものねだり」の後悔が拭えなかった
「我が家は17歳の長男、15歳の次男と、夫婦の4人家族です。長男は小学校受験をして、夫の母校の私立大学付属小学校に入学しました。次男は小学校受験はしていません。夫が脳梗塞で倒れて療養した時期と受験期が重なってしまい、それどころではありませんでした。幸い夫は後遺症もなく仕事に復帰できましたが、今でも大学病院に通院しています」
こう語り始めたふみかさん。長男のC君が、伝統校と呼ばれる大学付属の初等科を受験した際、彼は補欠だったそうです。
「先に御縁をいただいていた自然豊かな環境の神奈川の人気私立小学校を、本人が気に入っていました。『家から近いところが受かってよかったね』と、行く気まんまんだったんです。そのため、夫や義父が初等科から通っていた東京の伝統校は、不合格でもいいと思っていました。ところが繰り上げ合格になって大慌て。義父も喜んでくれましたが、我が家としては不安もありました」
ふみかさんの夫・かけるさん(仮名:50)は公認会計士。当時は大手会計事務所を退職し、実家の会計事務所を継いだばかりでした。ふみかさんも事務の派遣社員を辞め、家業の手伝いを始めた頃。顧客の高齢化で将来が見えないなか、経済的な不安がありました。
「補欠合格した学校は、お金持ちが多いイメージがありましたし、通学は電車を2回乗り換え、乗車時間は50分以上になります。比較的近くて乗り換えのない神奈川の私立小学校にしようかと悩みましたが、義実家の意向もあり、東京の伝統校を選びました。長男は高校2年生の今は普通に通ってくれていますが、小学校時代は朝が弱く、行きしぶりがありました。そのたびに『本人の意見を聞いて、朝もゆっくりできる近くの学校にしてあげればよかった』と、ないものねだりの後悔に苛まれました」
自営業の夫が倒れ、長男が起立性調節障害に…。試練を乗り越えて気が付いた「学校選びで忘れてはいけないこと」
その後、夫の緊急入院や、長男が起立性調節障害と診断されるなどのトラブルはありつつも、「その都度、人に頼りつつ焦らずに対応する」ことを心がけて乗り越えてきたふみかさん。
「自営業の夫が倒れたらもうダメだ。息子が朝、起きてこられないなんておしまいだ、とパニックになりそうでしたが、振り返ると、相談先や頼れる人はいるもので……。一番は両親と義両親ですが、仕事では『横のつながり』の大切さを噛み締めました。周りの人に助けられた10年でした」
ふみかさんが看病や通院の付き添いで走り回っているうちに、公立小学校に入学した次男。
「人生は不思議なもので、不可抗力で小学校受験を諦めた次男に関しては『むしろよかった』と思っています。公立の小学校にあがってみてから、『小学校受験より中学受験向きのタイプだ』と気が付いたんです」
元々、長男よりも勉強が好きで、特に算数と理科は教材では「負けず嫌い」が良い方向に出て、熱中していたというJ君。
「幼児期は、利発というよりは、ホワンとした癒し系男子でした。ダンスを習えばワンテンポ遅れる、水泳を習わせれば水が怖くて『二度と行かない』とテコでも動かない。続いたのは、数学塾と英語塾、絵画のアトリエとピアノだけです。絶対音感があるようで、音楽や英語、動物の鳴き真似、先生のモノマネや口笛など、耳からインプットして口で真似ることが大好きな子供でした」
大手中学受験塾のテストで高得点を叩き出した次男は、小学校受験には向いていなかった?
小学校2年の3学期、友人に誘われて受けた大手塾の入塾テストで高得点をとり、誘われるままに同塾に入ったJ君。
「進学実績が高い分、学費免除の特待生制度はない塾なのですが、クラスは一番上をキープしていました。お金もかかりましたが、本人が『そこがいい』と言ったので、夫婦で家計を見直しつつも応援をしました」
幸い、複数の校舎を持つ大手中学受験塾は、自転車で通える距離に教室があったそうです。
「結局、私立でも公立でも、教育に力を入れたいと思ったらお金はかかるものなんですよね。低学年の頃の次男は、若いチューターの先生がライダー俳優みたいにかっこいい、と言って、いそいそと通っていました。また、親にはなにも言いませんが、おもしろくて美人の先生にも懐いていたようです」
ふみかさんから見ると、J君は高得点をとって褒められることにも、「知らないことを教えてもらえる」ことにも強い快感を覚えているように見えたそうです。
「まじ、あいつバケモノ」と女子に言われて、泣きながら帰宅した日
J君が小学校受験をしていたら、「どこかは受かっただろうけれど、やはり中学受験をする羽目になったかもしれない」と分析するふみかさん。
「必ずしも小学校受験をしていたらダメだった、というわけではないのですが、例えば小学校受験の定番『クマさん歩き』なんて、グダグダになったと思います(笑)。次男は身体能力が高くないというか、バランス感覚が微妙なところがあるんです。それと、小さい頃は『冗談が通じない』みたいな性格傾向もありました」
ある時、塾から沈んだ顔で帰ってきたこともあったというJ君。
「3年生の頃、『女の子の友達に影でひどい悪口を言われた』と、泣きながら帰ってきたことがありました。他のお友だちによく聞いてみたら、実は褒められていて。問題を解くスピードが早いという意味で『まじ、バケモノだよ、あいつ』と言われたのを、『キモい』という意味だと思い込んでしまったみたいです。低学年の頃は、お友だちの言葉を文字通り受け取ってしまうことがよくありました。高学年になると、スラングや空気の読み方も学習したのか、そうした誤解は減りました」
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では、J君が御三家と呼ばれる超難関校に合格したにもかかわらず、偏差値が若干低い郊外の学校を選んだ理由についてお話を伺いました。



