
「この先、私の働き方ってどうなるんだろう?」
50代に差し掛かると、ふとそんな思いが胸をよぎる瞬間が増えてきます。体力の変化、働き方の多様化、職場での立ち位置——若い頃とは違う景色の中で、“このまま続けていいのかな”という不安や、“もっと自分らしく働きたい”という願望が入り混じる時期でもあります。
一方で、社会では「定年延長」「リスキリング」「キャリアの再構築」といった言葉が飛び交い、自分も何かしなきゃと焦る気持ちが生まれることも。でも、実際のところ何から始めればいいのか分からない……。そんなモヤモヤを抱える人も多いのではないでしょうか。
ライターの神舘和典氏は、60歳を過ぎてから様々な「労働」の現場に飛び込みました。その中で彼が出合った、早朝の宅配便仕分けの現場。労働を終えた後、神舘氏は「スポーツの後に近い爽快感を思い出した」と語ります。実際に、どのような人たちと、どんな仕事をしたのか。神舘氏の著書から、現場のリアルをご紹介します。
※本記事は書籍『60歳からのハローワーク』(神舘和典:著/飛鳥新社)から一部抜粋・編集したものです
猫の手も借りたい宅配会社
体験しておきたかった業種の1つに宅配便会社がある。流通業界は深刻な人手不足が言われているからだ。その状況が近い将来解決するとは考えづらい。いまだに手作業で行わなくてはいけない業務が多いからだ。そもそも各家庭や企業には人が荷を運ばなくてはならない。この業種にはまだ働くチャンスがあるのではないか。
アマゾンや楽天をはじめ、ネット通販は流通のメインストリームになった。食料も、日用品も、服も、本も、日本では多くの人がネットで購入している。お米や、お酒をはじめとする飲料のような重いものも自宅に届けてくれる。商品や契約によっては、午前に注文したものがその日のうちに届けられるようになった。宅配業者は猫の手も借りたい状況のはず。
そんな時代に、問題が起きた。日本郵便の全国の郵便局3188カ所のうち、75%にあたる2391カ所で、配達員に対し、飲酒の有無などの確認の点呼が適切に行われていなかったことが明らかになった。
「日本郵便が配達員の点呼を適切に行っていなかった問題で、国土交通省は25日、トラックなどおよそ2500台の車両を使った運送事業の許可を取り消しました。また3万台余りの軽自動車を使った事業については早急な対策を求める安全確保命令を出しました」(2025年6月25日「NHK NEWS」より)
国土交通省が監査。虚偽の点呼記録の作成など違反行為を確認。トラックやバン2500台が使用できなくなることによるダメージは計り知れない。これまで日本郵便が担ってきた宅配分をその他の宅配会社が運ぶことになるかもしれない。売り上げが大幅に増すチャンスとはいえ、それでなくても人手不足のこの業種はさらに深刻な状況になるだろう。猫の手といわずとも年配者の手も借りたい状況になっているのではないか。
宅配会社と聞くと、まずイメージするのは配達スタッフではないだろうか。街を歩いていると頻繁に出会うし、自宅にも届けてくれるので接触が多い。馴染みがある。しかし、もちろんほかにもたくさんの仕事がある。配達前の倉庫には大量の配達物が届き、荷分けするスタッフも大量にいる。ほぼ24時間稼働している。
求人状況を確認すると、あるわあるわ。短期、長期、日雇い……、毎日労働力を募集している。そのなかの1つ、大手の宅配業者に応募すると、即採用してくれた。時給は1300円。深夜・早朝は1400円。
令和版『モダン・タイムス』
早朝4時、夏の空がようやく白み始めた時刻、東京の郊外にある宅配便会社の倉庫を訪れて入口で待った。やがて、同じような日雇いの作業員が営業所の入口にぽつぽつと集まってきた。老若男女さまざま。同世代のオジサンもいれば、高校生の〝ギャルグループ〟もいる。家庭の主婦らしき女性もいる。集合時間は4時30分。その時間までに30人ほどの作業員が集まってきた。女子高生たちははしゃいでいるが、ほかはだれも口をきかずにじっと待機している。
受付が始まると、まず誓約書にサインを求められた。主な内容は作業中に見た荷の情報を外に漏らさないということ。その営業所の担当地域に著名人がいたとして、そこに届いた荷の内容を知ることになっても他言しないよう徹底された。
採用された職種は荷分け。営業所に集まってきた荷を配達する地域ごとに分け、トラックに積む仕事だ。トラックが出発する8時には積み込みを終了しなくてはならない。
サッカーの試合ができそうなほどだだっ広い倉庫内に案内されると、縦横にベルトコンベアが動いていた。常駐のパートさんであろう女性に、働くポジションを指示された。ここに流れてくる荷を分けていく。誰も口を利かない。ロボットになった気分だ。実際に、近い将来ロボットに奪われる作業かもしれない。
チャールズ・チャップリンの映画『モダン・タイムス』を思い出した。劇中、巨大な製鉄工場で働く主人公の工員は、ベルトコンベアを流れる部品のナットをスパナで締め続ける単純作業をくり返していた。単純作業の連続に耐えられなくなった工員は精神的に病んでいく。
宅配便会社は令和版の『モダン・タイムス』だ。現場のシステムはよくできている。分業制が徹底され、そのポジションに誰が来ても問題なく機能するだろう。さすが大手流通会社だ。
▶最大の弱点は「老眼」?
最大の弱点は老眼か?
最初は問題なくやれる作業だと思った。しかし、始めると、想定外の自分の弱点に気づかされた。老眼だ。流れてくる荷に貼られている住所やナンバリングがよく読めない。ベルトコンベアの動きに動体視力が追い付かない。瞬時に判断できないため、仕分けに手間取ってしまう。まいった。
住所が読めませんとは言えない。しかたがなく、流れてくる荷に顔を近づけたり遠ざけたりしてラベルの文字を読んだ。小さい文字は、目を見開いて〝ガン見〟した。ものすごく疲れる。それでも、人間の能力はすごい。徐々に目が慣れてきた。荷の住所を難なくとは言わないけれど、読めるようになっていく。目が慣れてしまえば、63歳でもてきぱきと作業できた。うれしくなって、ガンガン働いた。シャツの背中や胸が汗で濡れてきたけれど、そんなことは気にならない。
作業がスタートして2時間半ほど経ったころだろうか、ベルトコンベアで流れてくる荷は明らかに少なくなった。やがてベルが鳴り、作業終了。その時点で倉庫にあるすべての荷が仕分けされたらしい。そして荷を各配送トラックに積み込んでいく。
作業時間は4時間。15分だけ残業もした。追加されたのはクール便をトラックに積む仕事だった。倉庫から出ると、朝の光がまぶしい。単調な作業ではあったけれど、スポーツの後に近い爽快感を思い出した。スポーツのトレーニングも単調なものが多い。基礎練習が大切だ。
トラックへの荷積みでペアを組んだ30代の男性はWワークだった。これから会社へ行くそうだ。週に3回宅配会社で働いて、独立するための資金を貯めているそうだ。どんなビジネスを始めるのかは教えてもらえなかった。
スタート時に見かけた高校生のギャルグループは更衣室で制服に着替えて走っていった。学校へ行くらしい。朝授業の前に働くのだから、夜のバイトよりも健全だ。「行っていらっしゃい! 気を付けるんだよ! また手伝ってね!」宅配便会社の人が鼻の下をのばしてギャルグループを見送る。彼女たちは常連なのだろう。
まじめに働き、残業の依頼にも応じたからだろうか、それからは毎日仕事の依頼が来る。宅配便の仕事は昼夜問わずあるので、早朝、午前、午後、夜……すべての時間帯の仕事依頼が届く。同じ会社の別の営業所からも求人が届く。トータルすると、1日に100通を超えるのではないだろうか。その状況は倉庫で働いて半年近く経ってもまだ続いている。宅配物は今後も増えるはず。営業所も増えているようなので、まだしばらくは求人が減らない業種だろう。
著者略歴:神舘和典(こうだて・かずのり)
1962(昭和37)年、東京都生まれ。ライター。音楽、スポーツ、文化、政治・経済まで幅広い分野で取材・執筆。ミュージシャンのインタビューは国内外400人を超える。『不道徳ロック講座』『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』、西川清史氏との共著『うんちの行方』(以上新潮新書)、『上原ひろみサマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。
◆関連記事◆
■タッチパネルが難関すぎる!ファストフード店で「63歳新人」が直面した、リアルで切実な“壁”とは?



