確かに幼児期は、さまざまな経験を柔軟に吸収しやすい。しかし、本当に大切なのは、単に英語を早く話せるようにすることではなく、多様な人と出会いさまざまな文化に触れながら、自分なりに感じ、考え、表現する力を育てることなのではないだろうか。
だからこそ、幼児期に異文化に触れる意味は大きくなっている。異文化体験は語学だけでなく、非認知能力の土台づくりにもつながる。非認知能力とは、意欲、協調性、忍耐力、長短所や成功と失敗をありのまま受け入れる自己肯定感、固定観念に捉われず多角的に物事を見る多面的思考力(クリティカルシンキング)などである。ここでは、子供の発達や幼児教育の視点から、幼児期に異文化体験をするメリットについて、アメリカの幼児教育施設での経験を原点に、オーストラリアで多文化環境の幼児教育を実践する永田幸氏に紹介してもらう。
「みんな違って当たり前」を自然に受け入れる柔軟な心が育つ幼児期の異文化体験の大きな価値の1つは、「違い」を自然なものとして受け止められる感覚を育てることである。幼い子供たちは、大人が思う以上に柔軟である。肌の色、話す言葉、食べ物、生活習慣の違いに対して、最初から何らかの先入観をもっているわけではない。むしろ、「なんで?」「面白そう!」という好奇心で世界を見ている。
たとえば、「家では違う言葉を話している」「お祝いの仕方が違う」「お弁当の中身が違う」といった日常の違いにも、驚くほど自然に反応する。もちろん成長とともに「自分と同じ」「違う」を意識するようになる。だからこそ、価値観が柔らかい幼児期に、多様な文化や背景をもつ人々と関わる経験には意味があると考える。
大切なのは、「違い」を特別視するのではなく、「いろいろあって当たり前」という感覚を育むことだ。海外の絵本を読む、異なる国の料理を楽しむ、地域の国際交流イベントに参加する、近所の外国人住民と交流する、といったことが、まさに異文化体験だ。こうした経験の積み重ねが、「自分と違う相手とも自然に関われる力」につながるのだ。多様な価値観をもつ人と協働する力が求められる時代に、幼児期の異文化体験はその第一歩になる。
好奇心と探究心を育て、「世界は広い」と感じられるようになる
子供はもともと、生まれながらの探究者で、「これは何?」「どうして違うの?」と、世界への問いがあふれる時期だ。そして異文化との出会いは、その好奇心を刺激する。「どうして靴を脱がないの?」「なんで違う言葉を話すの?」といった驚きは、単なる知識ではなく、世界にはいろいろな考え方や暮らし方があると実感する経験になる。新しい刺激を柔軟に受け止めやすい幼児期に多様な文化に触れることは、「知らないもの」を怖がるのではなく、「もっと知りたい」と感じる姿勢につながるのだ。
また、異文化体験は主体性や創造力を育てるきっかけにもなる。知らない言葉や文化に出会ったとき、子供は「これ何?」「やってみたい」と自ら動き始める。自分なりに考え、工夫する経験の積み重ねは、「自分で選ぶ」「まずやってみる」という姿勢につながる。将来、海外に行くかどうかに関係なく、新しい環境に出会ったときに「面白そう」と思えることは、大きな力になるだろう。
言葉の壁を超えるコミュニケーション力
「やってみよう」の気持ちが育つ異文化体験は、幼児期のコミュニケーション力の土台を育てる。ここでいうコミュニケーション力とは、単なる語学力ではなく「伝えたい」「相手を理解したい」という姿勢である。たとえば、言葉が十分通じない相手と遊ぶ場面では、子供たちは自然と表情やジェスチャー、指差しを使いながら試行錯誤を始める。実際、子供同士は言葉が違っても遊びを通じて関係を築いていく。「伝わった!」という経験の積み重ねが、「通じなくてもやってみよう」という前向きな気持ちにつながるのだ。
さらに育まれるのが、レジリエンス(困難から立ち直る力)だ。異文化環境では、「うまく伝わらない」「思ったとおりにならない」といった小さな壁がたくさんあるが、子供たちは遊びの中で工夫しながら乗り越えていく。「失敗してもまたやってみる」「違っていても関われる」という経験は、困難に出会ったときにも折れにくい心の土台を作る。
幼児期のレジリエンスは、大きな試練を乗り越える経験だけで育つものではなく、日常の小さな挑戦の積み重ねによって育まれていくのである。また、異文化体験を親子で共有することは、親子の会話を豊かにする機会にもなり、海外の絵本や外国の料理を通じて、「どう思った?」と話す時間は、自然なコミュニケーションにつながる。
さらに、文化的背景が異なる相手を観察して、「何を考えているのかな?」と想像する力も育てる。言葉だけに頼らず、相手の表情や気持ちを読み取ろうとする経験は、人との関わり方を豊かにしてくれるに違いない。
自己表現力と自己肯定感
「自分らしさ」に気付く異文化体験は、実は「自分を知る経験」にもなる。違う文化に触れると、子供は「うちではこうするよ」「日本ではこうなんだね」「私はこれが好き」と、自分の暮らしや好みについて考え始めるのだ。異文化との出会いは、自分自身の価値観や背景に目を向けるきっかけになる。これは、幼児期のアイデンティティ(自分らしさ)の芽生えにも関わってくる。
たとえば、海外の友達に日本の遊びや食べ物を紹介する経験は、自国文化への理解にもつながる。異文化を知ることは、日本文化を見つめ直すことでもある。この過程では、親や保育者の関わりも重要だ。「違っていて面白いね」「あなたの考えも素敵だね」と受け止めてもらうことで、子供は安心して自分を表現できるようになる。
ここで大切なのは、「上手に話せるか」ではなく、ジェスチャーでも、片言でも、絵でも良い。幼児期に必要なのは、「自分の気持ちを伝えてみよう」と思える安心感だ。そして、自分の思いが受け止められる経験は、自己肯定感を育てる。異文化体験は、「違っていても良い」「自分らしくいて良い」という感覚を育む機会にもなるのだ。
異なる言葉や音に触れる
未来への豊かな土台になる異文化体験というと、「英語は早く始めた方が良いですか?」という質問をよく耳にする。結論から言えば、焦る必要はまったくない。ただし、幼児期に意味があるのは、言葉との楽しい出会いである。幼い子供は、さまざまな音やリズムに親しみやすい時期だ。英語、中国語、スペイン語、日本語、それぞれの言葉には独特のテンポや響きがある。研究では、赤ちゃんは生後まもない時期には世界中の言語の音を聞き分けられる一方、生後6から12か月ごろより母語に適応していくことが知られている。そのため、幼児期に歌や絵本を通じて、異なる言葉の音やリズムに自然に触れることは、将来的な言語習得の土台づくりにつながると考えられている。
「話せるようになること」を急ぐ必要はない。「こんな音があるんだ」「楽しい」と感じる経験で十分だ。大切なのは、「勉強」にしすぎないことである。「英語を覚えさせなきゃ」と焦るより、「世界にはいろいろな言葉があるんだね」と楽しむほうが自然だ。そして忘れてはいけないのが、母語(日本語)を大切に育てること。安心して考え、感情を表現する土台になるのは母語だ。家庭で十分に会話をし、絵本を読む経験は、将来的な外国語習得にも良い影響を与えるとされている。言葉が違っても遊べること、笑いあえること、気持ちは伝わること。そうした経験そのものが、子供の心を豊かにする。
日常を飛び出し、オーストラリアで世界を体感する親子留学異文化体験は、海外に行かなければ得られないものではない。いまや世界中がインターネットでつながり、あらゆる情報にアクセスできる時代であり、家庭の中にも、小さなきっかけはたくさんある。ただ、もし親子で一歩踏み出して異文化環境に飛び込んでみたいなら、移民国家オーストラリアは選択肢の1つとなる。オーストラリアでは、多文化共生が日常に根づいており、保育園や幼稚園でも異なる文化背景をもつ子供たちが自然に関わっている。「違うこと」が当たり前として受け入れられている環境がある。
また、自然の中で遊びながら学ぶ教育文化も特徴だ。異なる背景をもつ友達との関わりは、自主性やレジリエンス、非認知能力の成長にも良い影響を与えるだろう。幼児期の異文化体験が育むのは、単なる語学力ではない。違いを受け入れる柔軟さ、知らない世界に一歩踏み出す勇気、自分を表現する力、そして自分らしさを大切にする心。そうした力こそが、変化の大きいこれからの時代を、自分らしく生きていくための確かな土台になるのではないだろうか。幼児期に「世界は広くて面白い」と感じる経験は、未来への大きな財産になると信じている。
【執筆者】グローバルスカイ・エデュケーション 代表 永田幸
慶應義塾大学大学院修了後、大手石油会社勤務。2012年にグローバルスカイ社を設立してオーストラリア進出。「創造的な学びが持続可能な社会をつくる」を信念に教育事業を展開。米国ビング・ナーサリー・スクールへの通園を原点に、おもに豪州クイーンズランド州で「遊びを通した学び」を実践する幼児教育施設を多拠点展開し、日本からの親子留学や保育実習も多数受け入れている。持続可能な開発、国際教育、日豪関係に精通。一児の父。



