
オトナサローネの不登校記事読者の皆様に「現状いかがでしょうか?」と等身大の声を聞くシリーズをスタートします。
教育専門家の解説記事は多数ありますが、「いま現在不登校中」のご家庭の体験談は、実はそれほどたくさんは世にありません。当事者家庭は現状と向き合うのに手一杯で、誰かに話をしているどころではないからだろうと、私自身も当事者親として思います。
でもそんな中、メディア勤務の私ですら、当事者親の皆様から教えていただいて「うわ危なかったそれ知らなかった」と驚くことはとってもたくさんあるのです。第1回目のこの記事も、私は「いまこのことについて聞けてよかった」としみじみ思う内容でした。
お話はそれぞれ1時間ずつ伺っていきます。「私も聞かせてもいいよ」という方、ぜひご応募ください。プライバシーに配慮し一部を改変してお届けします。
マキさん 48歳 埼玉県在住。小3息子、小6娘と52歳夫の4人暮らし。長女は幼稚園から大学まで一貫の女子ミッション校に入学。
*写真はイメージです
【不登校の親なう】#1
思えば娘は幼稚園から「小さく戦って」いた。初めて大きく崩れたのは小3の秋
第1回目にお話するのが私でいいのか、ちゃんとお話できますでしょうか……初めまして、2児の母親です。不登校の娘は現在小6です。5年生の5月、6月から学校へ行く日が減って、完全に行かなくなったのは6月です。「私は行けない、行かない、無理」とはっきりと口にしたので、それを受け入れました。
振り返ると、幼稚園の頃、先生やクラスが変わる環境変化のタイミングで「行きたくない」と泣いたりして抵抗を見せていました。小学校に進学した4月、5月ごろも「お腹が痛いと言っています」と保健室から連絡をいただいて、慌てて学校にお迎えに行くということが月に2回、3回あったかな。
「きっと環境に慣れたら減るのよ」と話していたけど、結局は「ママが送ってくれなきゃイヤ」と、1、2年生の間は私が毎日校門まで送っていました。学校までの電車の中でも気持ち悪くなったりお腹痛くなったりすることもありましたから、あとから思えば娘なりにさまざまなものと戦っていたのだと思います。
そのまま腹痛も頭痛も減るということはなく、逆に増えていき、そして、3年生の9月にがたっと崩れました。
これまでの小手先のごまかしはもう「通用しない」ことがわかった、娘の変化
ある朝、着替え終わって家を出るとき、娘がしくしくと泣き出して、そのままもう前にも後にも動けなくなってしまったのです。それを見て、私も主人も、「ちょっと無理だね」と。ついに、「ママが一緒に行くからね」「今日はパパだよ、がんばろう」なんていう簡単なごまかしでは無理になったことが、ひと目でわかった朝でした。
これはもう、本人が行けそうなときにだけ行くしかない、出席も遅刻早退も本人の思うようにさせてみるしかないね、と主人と話し合いはしたものの、完全に休ませていいのかはとても迷いました。スクールカウンセラーは「完全に外部との繋がりを絶たないほうがいい、来られるなら1時間でも2時間でも来たほうがいい」と言います。結局、毎日「今日はお家を出られる? 行くだけ行って早退する?」と確認しながら、まだ小学校に入学したての下の子のお世話もありましたから、実家の母にきてもらい、下の子は母に任せて上の子に私がフルコミットすることにしました。
学校では秋に音楽会があり、毎年みんなが楽しみにしているのですが、娘も練習が始まったころから元気を取り戻し始めました。11月ごろには普通に朝登校して、下校までいられる状態にいったんは戻ったのです。しかし、そのときも頭痛腹痛が治っていたわけではなく、途中で保健室に行ってからまた授業に戻ったりを繰り返していたとあとで聞きました。
4年生は担任の先生との相性がよく、学級の雰囲気もよかったので何とか通えました。やはり1日1回は保健室に行っていたそうですが、痛みって主観的ですし、子どもはまだまだ自分の状態を言葉で表現するのが下手ですから、そもそも本当に痛いの?という点から私は若干疑っている部分がありました。そんなのいちど学校に行っちゃえば何とかなるでしょ、とも思っていました。
このあたりも本人にはきつかったろうなと思います。いま思えばかなり無理やり登校させ続けていました。私は私で「学校に戻さねばならない」という強迫観念に囚われていて、「ちょっとでも行ったほうがいいんじゃない?」「ここで行かないとまた明日から行けなくなっちゃうよ」なんて毎日言ってましたし。
そもそも娘はあまり自分の状態や気持ちを話さない子で、親の顔色も気にするタイプ。学校でも「こういうこと言っちゃだめかな」「こうしなきゃ」と、あるべき像を守ろうとする、根のまじめな子どもです。厳しめの校風で知られる学園でしたので、学校は相当息苦しかったんじゃないかな。じつは保健室も「大丈夫そうなら早く教室に戻りなさい」という方針だったようで、あまり気が休まる感じではなかったとあとで聞きました。
つづき>>>思いがけず判明した、不登校の娘が抱え続けた「違和感」。まさか、そんなにつらい思いまでさせていたとは



