
60歳の定年まで残すところあと半年足らずのミリさん。「いまの私は次の10年を考えるよりも、これまでやり残したことを片付けていく1年」と語ります。
そんなミリさんが突如として26年8月末、長年の積み残しだった「ロシアへの留学」を果たしました。「留学しました」とLINEが届いたときは、この時期に?? どんな手で?? というか、どういう経由地でモスクワまで? と驚愕したものです。
2026年のモスクワで女子大生を再履修するミリさんの、「回線状態がよい隙を狙って送稿されてくる」不定期日記をお届けします。
【アラカン☆モスクワ女子大生日記】#1
9月16日(水)晴れ モスクワ16
「それって今と同じじゃないですか?」と言った私の言葉に、エレーナ先生は3秒ほど息をのみ、教室の入り口に向かった。
ロシア国立プーシキン大学ロシア語中級コース。3週間目の今日は「場所」を示す前置詞を学んでいた。エレーナ先生は1980年代初めにロシア最高学府モスクワ大学のロシア語教育科(外国人にロシア語を教える専門課程)を出た才媛で、この道40年のベテラン教授だ。ソヴィエトも91年の崩壊も新生ロシアも経験している。大柄でグラマラスで陽気な「おっかさん」教授。授業では文法を実社会、実体験と結び付け教えてくれる。特に(自身の)男女関係をめぐる社会学が得意だ。とてもわかりやすいしおもしろい。生徒5人のクラスは笑いが絶えず、ドアが開け放たれているので、ときどき廊下を歩く他の教授や学生が、何事かとのぞいて行く。
「~から」「~へ」の使い方と格変化(ロシア語では60超の変化がある)を説明していた時のこと。「ロシア革命のときは、多くの作家や芸術家、哲学者、科学者たちが国『から』出て、外国『へ』行ってしまい、ほとんどの人が二度と戻らなかった。このことは今のロシアにとってのとても大きな損失です。国の土台を作るインテリゲンツィアがいなくなってしまったのです」と、心底悲しそうに話していた。
大学ではあるけれど、クラスメートはほとんどが社会人経験者。授業内容に沿って、その時の文法を使って、という最低のマナーを保っていれば、どんな発言でも許されている。思わず私が発言したのが冒頭の言葉だった。
「彼女はこの国を捨てたんですから」
この前の日曜日にロシア最大の本屋<ドム クニーギ>に行った。大好きなロシアの小説家・リュドミラ ウリツカヤのロシア語原本が欲しかったのだ。しかしロシア作家コーナーを探せども探せども、ない。店員に聞くと不機嫌な顔で「ここにはないですよ。というか他のどの本屋に行ってもないですよ。彼女はこの国を捨てたんですから」と言い捨てる。
(ああ、そうだった。亡命こそしていないけれども、彼女はこの戦争が始まってから、体制に立ち向かい、命を狙われ、それでもペンで抗うために、ベルリンに行ったのだった。) (でも…。ロシア人としてノーベル文学賞を取った作家の作品すらも置かないとは…)と現代ロシアの容赦ない一片を見た気がした。
ついでに日本語作家のコーナーを見ると、本棚の半分を村上春樹が占めていた。東野圭吾は一冊もなかった。そしてなぜか田山花袋の本が充実していた。なぜだろう? 本屋の壁には「今月のベストテン」が置かれていた。見ると、なんと1位は川村元気の『もしも世界から猫が消えたなら』だった。それを買って、本屋を後にした。
で、エレーナ先生の授業。「すばらしい作品を書いた作家が、いまロシアからたくさん外国へ出てしまいました。これは革命の時と同じではないですか?」と私は言った。
エレーナ先生は抜き足さし足で教室の入り口に近づき、ドアをそっと、しかししっかりと閉めて、教壇に戻ってきて話し始めた。小声で。
「××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××…」
(いろんな事情でここの話は書けません)
泣きたくなった。今のロシアを生きる人の言えぬ思いに。そして自分の浅はかな質問に。
つづく>>>この週末、ロシアは選挙を行っている。現地で見た「真実」とは



