
モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。「働く女性」は、モラハラやDVをする夫から簡単に逃げられるのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。さまざまな事情から、支配的な配偶者との結婚生活を続けている方は少なくありません。オトナサローネ世代のモラハラ被害にフォーカスした本連載、今回は、長年夫のモラハラに耐え続け、70代になった今も苦しんでいる母親と、その母親の話を聞き続けているMさんのお話です。
※本記事は、相談者様への敬意と守秘義務に十分配慮したうえで、モデルケースとして編集・再構成しお届けしています。特定の人物や事例を示すものではありません。
※写真はイメージです
DV男のもとで育ち、「暴力を振るわない人」と結婚したいと願うように
Mさんのお母さまは、20代前半で結婚しました。結婚前は銀行に勤めていましたが、夫から強く頼まれ、夫の家業であるクリーニング店の事務を手伝うようになりました。
夫婦で町のクリーニング店を切り盛りする。そんな二人は、周囲から見れば、二人三脚で仕事を続けてきた仲のいい夫婦に見えていたのかもしれません。でも、何十年にもわたる結婚生活の中で、Mさんのお母さまはずっと自分の気持ちを後回しにしてきました。
「父は母を殴ったことはありません。ひどい暴言を吐くような人でもないんです。でも私は、父が母にしてきたことはモラハラだったと思っています」
Mさんは、そう話します。
お母さまの父親は、お酒を飲むと人が変わったそうです。酔ってクダを巻き、家族に暴力を振るう。妻を殴り、それを止めようとした娘をも「うるさい」と蹴る。そんなことが日常的に起きる家庭で、Mさんのお母さまは育ちました。幼い頃から父親の暴力を目の当たりにし、自分自身も怖い思いをしてきたお母さまにとって、結婚相手に求める譲れない条件は、「お酒を飲まない、優しい人」でした。
そして、親が持ってきた縁談で出会ったのが、Mさんのお父さまでした。条件にはぴったりの人でした。お酒を飲まないので、酔って暴れることもありません。お母さまにとって、「お酒を飲まず、暴力を振るわない男性」は、それだけで理想の結婚相手に見えたのです。
ところが、結婚生活が始まると、少しずつ違和感を覚えるようになりました。
「女っていうのは、こうするべきなんだ」
「母親っていうものは、こうあるべきだ」
何かあるたびに、夫の考える「妻とは」「母親とは」を押しつけられるのです。お母さま自身がどう考えているのか、彼が聞こうとすることはありませんでした。彼が考える「正しい妻」「正しい母親」に、妻が合わせることを求めていたのです。反論すると、舌打ちやため息。そして、何日も無視が続いたそうです。
何かにつけて「長男の嫁なんだから」とネチネチ言われる生活
お母さまを苦しめたのは、夫の態度だけではありません。義母からも、「長男の嫁なんだから」と、何かにつけて言われました。同居はしていませんでしたが、ネチネチと小言を言われ、長男の嫁としての役割を求められ続けたそうです。
義母からいびられているとき、夫が
「そんなことまでしなくていいよ」
「母さん、そんな言い方をするなよ」
と、一言でも守ってくれたら……
そう祈るような気持ちで思ったことは、一度ではなかったと言います。でも、彼がお母さまを助けることはありませんでした。むしろ自分の母親の味方をして、一緒になってお母さまを責めていたそうです。お母さまは、義母にも夫にも逆らわず、ただ我慢するしかありませんでした。
彼は、怒鳴る人ではありませんでした。でも、機嫌が悪くなると舌打ちをしたり、大きなため息をついたりすることがありました。
「チッ」
「はぁ……」
それだけで、お母さまは、
「夫が怒っている」
「何か悪いことをしただろうか」
「何をすれば機嫌が直るだろう」
「今は話しかけないほうがいいだろうか」
と、一人で怯えていたそうです。
怒鳴らなくても、殴らなくても、人を怖がらせることはできます。不機嫌を態度に出すことで、家族が「怒らせないようにしよう」と気を使うようになる。そうして相手の反応を先回りして考えることが続くと、自分がどうしたいのかより、相手がどう感じるのかを優先するようになっていきます。これも、いわゆる「サイレントモラハラ」で起こりやすいことのひとつです。どんなときも、夫の機嫌が最優先になってしまうのです。
長男が生まれてからも、お母さまは育児だけをしていればいいわけではありませんでした。店では、お客さんの対応もしなければなりません。赤ちゃんに授乳している最中でも、店番をしなければならないことがあったそうです。
赤ちゃんが泣けば、「泣かせるな」と夫に叱られ、お客さんに「うるさくてすみません」と謝る。お母さまは子どもを育てながら、店の事務をし、家のことをし、夫の仕事を支え続けました。
Mさんは、「母がいなかったら、父は40年も町のクリーニング店を続けられなかったと思います」と話していました。でもMさんのお父さんにとって、妻が店を手伝うことも、子育てをしながら家のことをすることも、「ありがたいこと」ではなく、「妻なんだからやって当然」だったのでしょう。お父さんがした仕事上のミスは、すべてお母さまのせいにしていたそうです。
今ではお母さまも、「お父さん、私に謝ったことなんてないのよ」と笑いながら話すそうです。でもMさんは、「当時の母は、一人でつらかっただろうな」と思うと、悲しくなるといいます。
▶どうして「おかしい」と気づけなかったのか
どうして「おかしい」と気づけなかったのか
お母さまが自分の置かれている状況を「おかしい」と気づきにくかった理由が、もうひとつありました。夫は、外ではとても感じのいい人だったのです。町のクリーニング店の主人としてお客さんには親切で、ご近所との付き合いもいい。
「あんな優しい旦那さんでいいわね」周囲の人たちは、口をそろえてお母さまにそう言いました。
でも家の中では、お母さまが夫の舌打ちひとつで、「怒っている。どうしよう」と気を使っていることを、誰も知りません。義母から守ってくれない。何か問題が起きれば、すべて妻のせいにする。それなのに、外では「いい人」として振る舞う夫。夫を褒められるたびに、お母さまは自分に言い聞かせていたそうです。
「みんながいい人だと言うんだから、いい夫なんだ」
「これくらい、妻なら我慢するものなんだ」
そう思い込むことで、自分の違和感を押し込めるようになっていったのです。
「殴られないのだから、私は幸せなほうだ」
と思おうとしてきたのかもしれません。しかし、暴力を振るわれないことと、安心して暮らせることは、同じではないのです。
本編では、暴力を振るわず、お酒も飲まない夫を「優しい人」だと思って結婚したMさんのお母さまが、舌打ちやため息、無視などに怯えながら、何十年も夫の機嫌を優先して生きてきたことについてお届けしました。
▶▶「もう今さら離婚したいなんて思わない」70代の母が選んだ、夫を変えずに自分の時間を取り戻す生き方
では、娘のMさんから「それもモラハラなんだよ」と伝えられたお母さまが、自分の結婚生活をどう振り返るようになったのか。そして、離婚を選ばない母に対してMさんがどのように寄り添っているのかについてお届けします。



