抗がん剤など薬剤性による脱毛、円形脱毛症や先天性乏毛症など、さまざまな理由で髪や体毛が抜ける「ヘアロス」。
今回は、ヘアロス患者を悩ませる「毛髪ハラスメント(髪ハラ)」についてお伝えします。
ヘアロス #16
海外での頭髪ハラスメント事情
2022年3月に開催された第94回アカデミー賞授賞式で、俳優のウィル・スミス氏が、プレゼンターを務めるコメディアンのクリス・ロック氏を壇上で平手打ちをしたことを覚えているでしょうか? これは、クリス氏が、脱毛症であるスミス氏の妻・ジェイダさんの髪型をジョークにしたことが原因でした。
ジョークの内容は、脱毛症であるジェイダさんに「『G.I.ジェーン』の続編を楽しみにしているよ」と。『G.I. ジェーン』の主人公はスキンヘッドよりのベリーショートです。
『G.I.ジェーン』 [DVD]は
一方、イギリスでは、2022年5月メディアで「『ハゲ』呼びはセクハラ」と報じられ、話題になりました。男性の薄毛を「ハゲ」と侮辱したのは、「性別に関連するハラスメント」にあたると認定。女性も髪が薄くなるものの、男性に多く見られることから、性別に関連する身体的特徴をめぐって原告の尊厳を傷つけた発言だったと結論付けました。
参照:GOV.UK「Discrimination: your rights」
>>日本には頭髪ハラスメントってあるの?
日本における「髪ハラ」は? いじられる側の被害者
「ハラスメント」という言葉は浸透したけれど、「頭髪ハラスメント(髪ハラ)」はほとんど認知されていませんし、ハラスメントの意識もないように感じます。「多発型円形脱毛症」患者の私自身、「あ、脱毛症の人に対して、そういうことを言うんだ」と傷ついたことが何度かあります。
日本パブリックリレーションズ研究所は、国内30代から60代の男女2万人を対象にした、薄毛いじりによる「髪(薄毛)ハラスメント(髪ハラ)に関する全国2万人アンケート」を2022年に実施しました。
Q薄毛について、自分がいるところで直接、話題にされたり、からかわれたり、ネタにされたりしたことがありますか。
調査結果によると、2万人のうち4割が薄毛で悩んでおり、そのうちの4割が直接被害の経験を持っていました。
Q薄毛について、自分がいるところで話題にされたり、からかわれたり、ネタにされたりした時の状況や気持ちについて、AとBのどちらにあてはまりますか。
A.楽しい気分になる B.不快な気分になる
薄毛を話題にされることで、7割が「不快な気分になる」と回答しましたが、「不快な気分になる」と回答した人の4割強が「不快感を隠す」対応をしていました。
男女別にみると、直接被害で明らかに不快を感じる人の数は女性が4割、男性は2割という結果に。女性の方が男性の倍、「不快な気分になる」ことがわかりました。
Q薄毛について、自分がいるところで話題にされたり、からかわれたり、ネタにされたりした時、どのような対応をすることが多いですか。あてはまるものをすべてお答えください。
不快感を隠す人は、「不快感を隠し、普段通り会話する」「不快感を隠し、ネタにして盛り上げる」という対応をしています。
Q薄毛について、話題にされたり、からかわれたり、ネタにされたりすることで、日常生活や仕事、家族関係、恋愛などに影響したことがありますか。あてはまるものをすべてお答えください。
特に影響はないとの回答が多い中、「ストレスが溜まるようになった」「自分に自信が持てなくなった」と髪ハラによって影響を受けています。
>>自分が「加害者」だって気付いてる?
いじる側=加害者の、ハラスメント意識の欠如
逆に、薄毛に悩んでいない人の約3割が、薄毛の人に対してからかったりする「髪ハラ」をした経験を持っていることがわかりました。
Qあなたの周囲にいる薄毛の方について、当人のいるところで直接、そのことを話題にしたり、からかったり、ネタにしたりしたことはありますか。
約3割が薄毛をネタにしたことがあり、その理由として「場の雰囲気がなごむ・盛り上がる」と6割以上が回答。
Q薄毛で悩んでいない人。あなたの周囲にいる薄毛の方について、当人がいないところでそのことを、ネタにしたり、ネタに同調したりしたことはありますか。
また、直接いじるのではなく、本人がいないところでネタにしたことがある人は約4割。その約半数が「引け目や罪悪感を感じない」と回答しました。
「髪ハラ」に対して、罪悪感が乏しい現状が浮き彫りになったアンケートでした。
>>ハラスメントの被害にあったときは
ハラスメントの防止のために
容姿をいじる「容姿ハラスメント」という意識は、「パワハラ」「セクハラ」として認知されましたが、「容姿ハラスメント」のひとつでもある「髪ハラ」についてはまだまだ浸透されていません。どのハラスメントにおいても言えることですが、ハラスメントをしている人は自覚がないのかもしれません。自覚してハラスメントしているなら、より問題ですけどね。
また、被害者側も、場の空気を読んでしまい、「不快」であること伝えず、自虐ネタにして明るく振舞ってしまうことも「髪ハラ」が浸透しない要因のひとつだと思います。「お笑いのネタ」としても、個人でも、自分がよくてもその行動・発言によって、同じ状況におかれている他の人が苦しむ可能性があることを考える必要です。
厚生労働省では
ハラスメントの被害にあった時ははっきりと意思を伝えましょう。
ハラスメントは、受け流しているだけでは状況は改善されません。
「やめてください」「私はイヤです」と、あなたの意思を伝えましょう。
我慢したり、無視したりすると事態をさらに悪化させてしまうかもしれません。
問題を解決していくことが、悩んでいる他の人を救うことにも繋がります。
とあります。
わかっていても、難しいですよね。私は、目を見て「ハゲ」と言われたときに、なにも言えませんでしたし、そのことをきっとずっと忘れられないと思います。
▶▶【閲覧注意】はこちら
がんサバイバーや脱毛症のヘアロス経験者の方に取材していて、印象に残った言葉。
友人でも経験者でもない限り、ヘアロスについて特に触れないでほしいですよね。脱毛に気がついたとしても、触れないことが理解というかやさしさかなって思います。それは、男性に対しても。たまに「あの人カツラだよね」っていう人がいるじゃないですか。すごく心ない言葉だなと思います。
先日の記事(こちら)でも紹介しましたが、当事者は、社会に適応するために、”普通”に見えるように、変わってしまった外見を隠す努力をしています。アピアランスケアで外見の変化を隠しても、人の目が気になる、心ない言葉を言われるのではと不安なまま過ごすなら、アピアランスケアの意味はありません。アピアランスケアをしても生きづらさを感じるのは、世間の「目」に原因があるのではないでしょうか。
外見が変わってしまっても、ヘアロスでも、当事者も世間も気にすることなく社会生活を過ごすことができるなら、アピアランスケアは必要ないでしょう。そのためには、多様な外見があることを知り、受け入れること。理解できないものを否定しないこと。大切なのは、同情ではなく、理解と共感ではないでしょうか。本来目指すべき社会は、努力をしなくても生きづらさを感じない社会、「自分らしく」不安なく生活ができる社会だと思います。
※アンケート結果は、株式会社日本パブリックリレーションズ研究所「髪(薄毛)ハラスメント(髪ハラ)に関する全国2万人アンケート」