25年4月1日に「改正育児・介護休業法」が施行されました。同法は仕事と介護の両立ができず起きる「介護離職」を防ぐため、雇用主側に、従業員が仕事と介護を両立できるよう環境を整備して介護休業などの利用を促進したり、介護に直面した従業員に個別にヒアリングするなどの義務が課せられるものです。
更年期障害支援サイドから女性の健康課題に向き合ってきたオトナサローネ編集部井一が、16年にわたり「女性の健康市場」のリサーチ・分析・企業支援を専門に行っているwoman’s(東京・江東)代表取締役の阿部氏に同法の背景と「エイジテック」の現状を伺いました。
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では「団塊ジュニアが向き合う介護」で求められる「これまでに欠けていたもの」とは?
井一・ついに団塊ジュニア世代が完全に更年期に入り、その親の団塊世代も全員が後期高齢者である75歳以上になりましたから、マーケットとしては待ったなしでユーザーが鈴なりの状態ですよね、「エイジテック」は。
阿部・はじめて当社のビジネスメディアで「エイジテック」という言葉を取り上げたのは2021年でしたが、びっくりするほど読まれ、「介護」から言葉が変わるだけでも企業の方々の意識が変わることを痛感しました。その後もコツコツと開発が続いていて、要介護者向け市場は近年「その発想があったんだな」と驚くような製品も登場しています。近年のエイジテックの潮流のポイントは、革新的な技術を取り入れていたり、デザイン性に優れている点です。
【注目のエイジテック例】
・日本介護トラベルサービス/要介護になったことで旅行をあきらめていた人のための外出支援。お花見や映画、宿泊まですべて同行してくれる。
・片手で履ける靴下/脳梗塞の病後にまひが残ったり片手が不自由な人が片手で履ける靴下。妊娠中で足元に手が届かない人も。
・認知症に配慮したガスコンロ(リンナイ)/火がついているかどうかを確認しやすい、認知機能が低下した人に配慮したガスコンロ。
・バルーンスプーン/スプーンやフォークの柄の部分が自由に曲がるため、力が入りにくい人でも使いやすい。
・寝かせたまま体が洗えるswitle body/介護側の負担が軽減される自動入浴マシン。介護される側もすっきりする。
・トイレリフト(TOTO)/トイレの便器・便座の側が上下するため要介護者も自力で腰かけやすいトイレ。
阿部・また、認知症の人の目に見えている世界が一般の人とは違うことから、その世界観に沿って認知しやすいデザインをまとめた福岡市の公共デザインハンドブックにも注目しています。病院や介護施設向けに、ピクトグラムの活用や明度調整などを解説したものです。
井一・一覧して驚きましたが、シンプルでおしゃれ。いずれ実家を介護対応に改築する際にはこうした知恵の一部を積極的に採り入れたくもなります。WIN‐WINですね。
阿部・ただ残念なことに、こうしたエイジテックが、必要とする人にきちんと届いていないのも現状です。忙しい40代50代のケアラーは調べる時間もない、するとせっかくの製品・サービスが生活者にリーチできない。メディアをはじめ、もっと社会全体でエイジテックを取り上げてほしいなと思います。そうすれば、必要としている人に情報が届くようになり、介護をしている個々も社会全体でも、介護をうまくハンドリングできるようになるのではないかなと。そしてそういう環境になることで、企業側の開発意欲も高まって、もっと多様なエイジテックが生まれてくるのかなと思います
読まれる介護記事に共通したのは「ニオイ」だった?「エイジテック」に必要なたった一つの視点
井一・フェムテックは確かに、企業からの「こんなことをして女性を助けたい」という発信が劇的に増え、呼応するように女性のアクティビストも登場し、相互に話題が醸成されたことでクイックにシーンが変化しました。従来タブー視されてきた「生理・性・更年期」の領域に起きた超速変化が介護分野でも起きるのは理想的。ところで、先の小林真由美さんの連載記事で、よく読まれる記事には共通項があるんです。その一つが「ニオイを想像してしまう」タイトル。冷蔵庫でものが腐っている、お風呂に入らない、排泄物の始末……。
阿部・なるほど! つまり、ニオイに対する忌避感はまだ介護に慣れていない初心者にとって、最初にぶつかる、いろんな課題のうちの一つなのかもしれませんね。これなんですよ、先ほど言った「自身が経験していないからビジネスを構想しにくい」点。企業人はたとえば「フレイル」という単語はわかっても、その先で解決してほしい課題を具体的には想像しづらいのかもしれません。でも、こうして「ニオイ」と言われると「それなら弊社のあの技術がすぐ使えるかも?」という発想につながっていきそうです。
井一・実際の生活に密着する重要性ですね。オトナサローネではどの分野でも体験談に非常な人気があります。定量的でおよそ確かであろうファクトを積んだ概論より、うんと1人の定性に寄った実話のほうが「結局応用しやすいよね」というのが一つの結論。なぜなら自分との差分が具体的に取りやすく、どこを参考にするか、どこを見ないことにするかが決めやすいからです。主婦の友社が100年大事にしてきた骨子です。
阿部・わかります。企業の方とヘルスケア領域の話をしていると、病気、介護、要介護は自ら経験することでしか理解ができないことが影響してるのかもしれませんが、どうしてもイメージで語ることになるので、ピントがぼんやりすることが多々ありますが、同じことですよね。たとえばフェムテックの中でも生理の課題解決アイテムが爆発的に開発されたのは、ほぼすべての女性が生理を体験するため開発の発想もしやすかった点が大きいと思います。
井一・でもそこも難しいのが、あまりに定性だけを見つめると「それはあなたの話でしょ」となるところですよね。全然関係ない分野ですが、たとえば「お弁当作りのめんどうくささ」も100万人いれば100万通り苦しみが違う、そこを編集担当数人の経験で全女性のめんどくささを代弁したかのように「解消しました!」と言い切っては共感されない。ミクロとマクロの両眼視の必要性があり、これは「主語のサイズ問題」として記事でも気を付ける点です。
阿部・さらに高齢者の価値観の難しさもあります。たとえば「子どもがイメージする赤色」というテーマなら赤色の幅も狭いと思いますが、年を重ねるほど消費行動も価値観も経験値も細分化していくため、同じ赤といっても、ひとくくりにはできず、多様な赤色がでてくるんですよね。高齢者となると相当丁寧にペルソナを想定しないとなりません。
井一・「赤といっても春先の少しくすんだ、啓蟄も過ぎたのに少し物寂しい気持ちになるあの夕焼けの空の赤なのよ、あなたにはわからないでしょうけれど」と言われて意気消沈するというような(笑)。
阿部・以上のように、高齢層ほど価値観、抱えている不調や持病、不調や持病の軽い・重い、生活環境、収入状況などが多様化してきますので、高齢者向けのソリューションこそ、個別化対応(個別化医療)が理想的です。ただ個別化対応は、お金や技術面、人手不足など沢山の問題があるので、実現するには多くのハードルが存在しますが、著しい技術進歩により、やがては個別化対応がデフォルトの時代がやってくるのだろうと思います
エイジテックが「テックじゃなくてもいい」、いっそ課題を解決しなくてもいいのかもしれない
井一・もうひとつ、フェムテックも「テックじゃないじゃん問題」が生まれましたよね、特にフェムケア分野に関しては。テックの介在を定義にすると、日々の暮らしに本当に必要なもの、たとえば力がなくても足つぼが押せる棒や、ボリュームが落ちた髪がふっくらするヘアオイルみたいなものが「テックじゃないから」とはじかれそうです。
阿部・そうなんです。テックばかりがもてはやされる時代ですが、昔からある「地味だけど、助かる」商品・サービスだって重要だし、実際ニーズはあります。「エイジテック」と表現することで、それらの商品・サービスが弾かれたり重要性を軽視されることは避けるべきです。そもそも必ずしもテックである必要は全くなくて、多様な商品・サービスが存在していた方が、解決策も増えますよね。
井一・記事の話に戻りますと、女性は実体験で「自分との差分」を確認して、「私にはこの人みたいな手指の痛みはないからまだ更年期じゃないのかな」というように読みますが、ポイントは必ずしも課題に対する解決策を求めているわけではないというところです。
阿部・つまり、結論がなくてもOKなんですか?
井一・OKです。更年期症状は愚痴を話せれば8割治るとまで言われますが、治療が必要な病気は別として、みんなまずは愚痴を言い合いたいし、このとき絶対的には解決策を求めていないのではと思うのです。介護にしても、たとえば何度叱っても牛肉を冷蔵庫にため込んで腐らせる認知症の母を、どなって叩いてしまったら後悔しかないのですが、「うちのばあばはヨーグルトを買ってくるのよ、食べるの大変だけど私のお通じがよくなった(笑)」「えー、うちはトイレットペーパー、もう置く場所なさすぎてメルカリで売ってる(笑)」と話すことで明日の介護に向き合う気力を取り戻す。ダイレクトに効く解決策がないのはみんなわかってるんですよね。
阿部・なるほど、個別の悩みの解決に向き合わず、側面から考えるという視点のエイジテックもあってもいいのかもしれませんね。それで思い出したのが、先日、東京ビッグサイトで開催された介護・医療業界向けの展示会「ケアショージャパン」で注目を集めたKAiGO PRiDEの「ファッションウォーク」です。
井一・あ、それニュースで読みました。
阿部・ウォークタイムになるとアップテンポな音楽が流れて、ランウェイに見立てた場内通路を要介護者と介護職員が手をつないで歩くというイベントです。現役の介護士をモデルにしたオシャレなポートレイトも展示されていました。主催者は、重くて暗い介護のイメージを変えていきたいと強い思いを持っていますが、革新的な表現方法という意味では、こういうものも広義でエイジテックと括っても良いのかもしれませんね。
井一・それ、「テックじゃない!」って言う人が出てきませんか?
阿部・それよりも、こうやって革新的なソリューションを、キャッチーな言葉で括ることで、多様な人の目に止まり、介護業界を変えていきたいという機運が生まれるのではないでしょうか。大事なのは、言葉の定義にこだわる事ではなく、生きやすい社会を作っていく事なんですから
井一・クリエイティブは視覚認知技術、広義のテックだと思います(笑)。認知症も脳機能の制限状態として眺めると興味深いな、介護も意外と面白くできるなと、違う視点から介護を捉えて、ムードを変えていくことでいい商品が生まれ、最終的には当事者である要介護者にも何かしらの好影響が出る、これはフェムテックでも起きたことでしたね。
「排泄物が臭くなくなる」これもひとつのイノベーションゴールなのかもしれない。目指すものは
阿部・例えば、介護でイメージされやすい負の要素そのものがなくなるようなイノベーションが起きれば、介護のイメージや世界はぐんと変わるかもしれないですよね介護そのものがあまりにも未知なので必要以上に忌避されてしまうのかもしれません。
井一・ニオイ問題だって、まだ遠巻きに記事を読んで心の準備をしている人たちには恐怖でしかないですが、いっぽうですでに渦中で奮闘している介護当事者はきっと「排泄物なんてかわいいもの、そんなもんじゃないんです」と、別の大きな問題に直面していくんですよね。
阿部・体調を崩して病院にかかるとき、検査結果が出るまでが「もしかして死病かも」なんていちばんの恐怖のピークだなと思うのですが、もしかして介護もそうなのかもしれません。ネガティブな情報しかないし、国もネガティブな視点でしか言わないし。だから、介護未経験者は余計に怖いのかもしれないですよね。介護をいろんな視点から見ることも大事だと思います。先ほどお話したKAiGO PRiDEのポートレイトには、介護職の方々のメッセージも書かれていたのですが、非常にポジティブな言葉が溢れていて、介護のイメージを覆すものでした。とても印象的でしたね
井一・小林さんも、しんどい中でも、家族に対する愛情を感じる瞬間がふと訪れることを話していました。
阿部・インテリアサイトのRoomClipには、介護中の家のおしゃれなインテリアの投稿が集まっていて、「#介護してても素敵な家にしたい」というハッシュタグがあります。私たちが介護している人にインタビューを行った時には、「介護を機に平家に引っ越したことで、自宅の中がスッキリとキレイに片付いて良かった」というポジティブな声も聞かれました。
井一・ああ、でも、そうした両輪はありますよね。全然深刻さが違って恐縮ですが、老齢の猫を介護していたときは、猫に合わせて家の中がスッキリしていました。
阿部・高度なテクノロジーが介護者・要介護者を助けることもあれば、身の回りの環境をちょっと整えたりするだけで、ネガティブな気持ちに支配されないようにもできる。技術と感性の両方に目を向けると、介護の解決策はもっと多様に登場してくるのではと、改めて感じさせられた事例でした。そんな視点を、もっと多くの企業に持ってもらうことで介護業界全体が発展できるよう、弊社ウーマンズだからこそできる多様な形でヘルスケア業界への情報発信を地道に続け、女性たちがウェルビーイングに年を重ねていける社会づくりに貢献したいです。
井一・更年期世代の女性のしんどさの一つに介護も加わる、このことは私たちも強く認識し、より暮らしを充実したものに変えていく一助となりたいです。今後とも連携して発信を続けましょう。
つづき>>>更年期、さらに立ちはだかる「介護×仕事」両立問題。発展する「エイジテック」がフェムテック同様に介護分野を席巻する「近い未来」【woman’s×オトナサローネ】