さんきゅう倉田です。芸人をしています。
35歳の時、コロナ禍でライブや仕事がなくなり、時間を持て余したぼくは、東大受験を決意。
人生初めての受験勉強だったけれど、圧倒的な時間の投入によって3回目で合格。当時の恋人には振られてしまったが、日々の学びと素晴らしい友人たちに囲まれて、充実した日々を過ごしている。
▶合コンに参加したことがない東大生
合コンに参加したことがない東大生
ぼくは高校卒業後すぐに、日本大学に入学した。
4年間の大学生活で合コンをしたのは1回だけ。卒業して東京国税局に入ってからは、国税合コンサークルを作って週2回は合コンに参加していたが、学生時代はほとんど機会がなかった。
だから、東大生も合コンに参加したことがない人ばかりだと思う。
ひとりで食事をするより費用はかかるし、人を集めたり盛り上げたりとやることが多い。大学生の中には返信が遅い人が大勢いるので日程調整も困難である。
そういった理由でなかなか開催されない。
人肌脱ごうじゃないか。催すことにした。
▶合コンで出会った興味深い人物
東大生7人vs他大生7人の合コンが実現。そこに現れた興味深い東大生
サークルの後輩と大切な友人を引き合わせて、合コンの段取りを組んだ。
あれよあれよと人数が増えて、14人の大所帯。みんなで協力して、参加者を集めたらしい。
その中に興味深い東大生がいた。
まず、彼はモテる。
合コンの後、4人の女性から連絡が来たらしい。そして、その連絡を返したり返さなかったりして、女の子から「モテるから連絡返さないの?どうしてモテるのに合コンに来たの?」と疑問を持たれている。
この場合の「モテる」は、女性から見て特別に容姿が良かったからだろう。実際、同性のぼくから見ても彼の容姿は優れていた。
「どうしてモテるのに合コンに来たのか」という批判に対しては、明確な事実誤認がある。モテることを理由に合コンに行かない人間などいない。モテるからこそ合コンに行くのだ。
そうやって、倫理的に考えることができないと問題解決力が育たないので、仕事で苦労する。
▶開成高校出身。「モテ男東大生」の子ども時代
しかも開成高校出身。「モテ男東大生」の子ども時代とは
当該男性は、開成高校出身だ。社会的には西の灘高校と並べられることが多い。ちなみに、東大内で灘と開成を同列に見ることはあまりないように思う。灘はすごい。灘出身の人間と話すと特別な知性を感じる。
さて、彼は小学一年生の頃からZ会の教材を使って勉強をしていた。そして、小二から塾に通い出す。これはかなり早い。小四から塾に通う人が多く、そもそも小二のクラスが開講されていないこともある。
彼は小二から通い始め、小四で日能研に移った。
そこは東京のトップ層だけが集まる日能研で、さらにその中で彼は10番以内だった。
思うに、小四でできる人は受験までずっとできるし、小四でできない人は上位には入らない。学力は伸びるが、小四時点の順位から上位層は変わらない。
そして、算数ができなければ難関校には受からない。
当然彼は算数ができた。数字遊びなども好きだったらしい。例えば、車のナンバーを見たら、掛けたり足したり引いたり割ったりして、=10にするそうだ。
「算数は数学みたいに覚えたことを当てはめるんじゃないんだよね。ひらめきなんだ。だから楽しいんだ」
ただし、難関中学出身者でも、一部「MARCH」に進学する人たちがいる。
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