東京大学には様々な先生がいる。
経済学部で教鞭を取る人が全員東大の教授とは限らない。
ほとんどがそうだが、外部講師に任せることもある。
若い外部講師は講義の経験が少ないので、改善しようと努める。
学生の立場からすれば、外部講師だろうが教授だろうが、よりよい授業のために努めてほしいが、研究の合間を縫って授業を行う偉大な先生たちに注文はできない。
ただ、うんざりするほど説明が下手な教授が、
「ミクロ経済学の神取先生の授業はとても分かりやすいらしいですね。私は見たことがありませんがね」
と授業中に言っていたときは、立ち上がって教壇まで昇り、マイクを奪って「一度でいいから見てきてくれ!」と叫び出したい気分だった。
ある外部講師は、積極的に学生からの意見を求める。
毎回の授業の後に、「リアクションペーパー」(講義内容について学生が感想や意見を記入するための用紙)を提出させ、翌週その一部に対してコメントをする。
どうやら一部の学生たちが無茶な要求をするようだ。
▶一部東大生の好き勝手な主張とは
どうでもいい!?東大生たちの無茶な権利主張
ごくごく一部の学生たちは、自由な意見が許可されると好き勝手に書くらしい。
ある外部講師の先生はそれらを取り上げ、黙殺することなく一つずつ紹介し、反駁していた。
学生1:「私は授業に出ていません。だから、試験範囲を授業中に教えるのは不公平です」
学生2:「私は経済学部ではないので、この授業を受けている友人がいません。だから、授業を欠席すると必要な情報が得られません。不公平です」
学生3:「試験で教科書のみ持込可なのはお金がない人にとって不公平です」
先生:「授業に出ていないから試験範囲が分からないというリアペを書いた人がいるんですが、そこまで配慮する必要があるんでしょうかね。
授業にでなくとも、友達に聞けばいいわけです。
友達がいませんと主張する学生がいますけど、友達を作るのも、他者とコミュニケーションを取るのも社会において重要なスキルで、大学ではそういう能力が求められることもあります。
お金がないから教科書が買えないという人は、数千円の本が買えないくらい大変なんでしょうか。
大変な人もいるかもしれないけれど、買える人と買えない人がいることまで配慮しなければいけないんでしょうか。そもそも私が書いた本を私の授業の指定教科書にしてそれだけを持ち込み可にすることが良くないって意見があるかもしれませんが。」
▶真に受ける先生との不毛なやりとり
学生の我儘とそれに対する先生の思考が授業で紹介される。
正直、そこに学びがあるとは思わないが、授業経験が少ない先生は学生と一緒に授業をデザインしたいらしい。
学生にマイクを回して、意見を聞いてくれる。
授業に出席している学生からは当然「そこまで配慮しなくていい」「授業に出席しないのが悪い」「教科書くらい買え」といった意見が出る。
東大生の集団であっても、想定の範囲外の面白い意見は発露されない。
なぜならば、判断が難しい問題ではなく、我儘を言っている学生が概ね悪いからである。
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