
頼まれたら断れない、嫌でも予定を優先してしまう――そんな積み重ねで、気づけば心身ともに消耗している人は少なくないのではないでしょうか。無理を重ねるほど、人間関係や評価は守れているように見えても、自分の時間や余裕は削られていきます。
この状態について、ひろゆき氏は「人生では常に“ストレスを受けるコスト”と“信用を失うコスト”を天秤にかける必要がある」と指摘します。すべての信用を守ろうとすると、ストレスという別の代償を払うことになる、と語るのです。
本記事では、ひろゆき氏の「脱成長の人生論」を綴った著書から、信用とストレスを天秤にかける際の、判断のポイントをご紹介します。
※本記事は書籍『人生の正体 生きること、死ぬこと』(ひろゆき(西村博之):著/徳間書店)から一部抜粋・編集したものです
※写真:徳間書店提供
「ストレスを受けるコスト」と「信用を失うコスト」
多くの人は、人生の時間の大半を余計なことに費やしている。
通勤時間、満員電車、無意味な会議、付き合いの飲み会──。これらはすべて無駄なコストであり、これをいかに最小化できるかがタイパの本質だ。
僕は基本的に嫌なことはしない。だから、遅刻もすれば、締め切りも守らないこともある。これは褒められたことではないかもしれない。でも自分の中で常に2つのことを天秤にかけている結果だ。
何を天秤にかけているのか。
1つは「ストレスを受けるコスト」だ。嫌な予定を無理に守ろうとすると気分が沈む。そのあいだ不幸な時間を過ごすはめになる。
もう1つは「信用を失うコスト」だ。引き受けた仕事を雑にこなすと迷惑がかかる。もちろん評価も下がる。人間関係も荒れる。
この2つのコストは、「一方が立てば、もう一方が立たない」のトレードオフに陥りがちだ。ストレスを回避しようとすると信用が削がれやすい。逆に、信用を守ろうとすればストレスがたまってしまう。
だから僕は、「どっちのツケが高くつくか」を毎回ざっくりと見積もっている。たとえば、この予定を飛ばしてしまっても失う信用はたいしたことがないと思ったら、そこまで無理はしない。
かたや、ここを落とすとこれまで築き上げた信用が音を立てて崩れ落ちるほど取り返しのつかないダメージを受けることになる、と判断したら、多少気分が乗らなくてでもやるしかない、とあきらめる。
ポイントは、信用の損失が「一時的なイメージダウン」程度で収まるのか、「大きな関係が崩壊するような損失」につながるのか、の違いだ。前者ならサボってもなんとかなる。後者なら、コスパが悪くてもやったほうが結局ラクだったりする。
・信用を多少失ってでも、自分が消耗することを回避すべき局面か?
・ストレスを無理に飲み込んででも、信用を守るほうが得な局面か?
いま自分はこのどちらの局面に立たされているのか。それを読み取ったうえで、手を抜くところは徹底的に抜く。やるべきときはしっかりやる。そうして得た時間とエネルギーを自分が本当に楽しめることに全振りするのだ。
コスパ主義とは、人生を薄っぺらくするものではない。本当に大事なことに集中するために、無駄なコストをギリギリまで削ぎ落とす作法であり戦略だ。
だから僕は面倒なことには極力手を出さない。寝たいときに寝て、起きたいときに起きる。そして、何よりカップラーメンをこよなく愛している。そうやって確保した快適な自由時間を、僕は今日もゲームコントローラーを握りしめながらダラダラと過ごしている。
ここまでの記事では、ひろゆき氏の「ストレスをためない生き方」についてご紹介しました。つづく関連記事では、人生を守るための「適切な個別最適」についてお届けします。
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著者:ひろゆき(西村博之/にしむら・ひろゆき)
1976年、神奈川県生まれ。 1999年、インターネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」を開設し、管理人となる。2005年、株式会社ニワンゴの取締役管理人に就任し、「ニコニコ動画」の運営に携わる。2009年、「2ちゃんねる」の譲渡を発表。2015年、英語圏最大の匿名掲示板「4chan」の管理人となる。現在、数多くのネットメディアに出演する、日本を代表する論客の1人。 『1%の努力』(ダイヤモンド社)、『論破力』(朝日新聞出版)、『貧しい金持ち、豊かな貧乏人』(徳間書店)など著書多数。



