
モラハラ・夫婦カウンセラーの麻野祐香です。
働く女性は、モラハラやDVの夫から簡単に逃げられるのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。さまざまな事情で、支配的な配偶者との結婚生活を続けている人たちは少なくありません。オトナサローネ世代のモラハラ被害にフォーカスした本連載、今回は、不機嫌になると危険な運転を繰り返し、家の中でも家族を自分の思い通りに動かそうとする夫に苦しめられたAさんのお話です。
その日は、夫の提案で家族そろって買い物に出かけました。出かけたときは機嫌がよかった夫ですが、ランチのお店がどこも混んでいて、自分の食べたいものを食べられないとわかると、どんどん不機嫌になっていきました。Aさんは事前に、「土曜日だから、ランチのお店は予約しておいた方がいいと思う」と伝えていました。しかし夫は、「そんなに混んでいないから」と言って、予約をしなかったのです。
Aさんは、「どうして私が予約しておかなかったのだろう」と、自分を責めました。夫が何を言おうと、自分が先回りして予約しておけば、こんなに機嫌を悪くすることはなかったのではないか。そう思ったのです。夫が不機嫌になるたびに、「私がもっとうまくやればよかった」と考える。それは、結婚してからずっと繰り返してきたことでした。
この日だけでなくAさんは毎日、夫を怒らせないよう、顔色をうかがいながら先回りして行動していました。食べたいものを食べられない、その程度のことで家族に不機嫌な態度をぶつけるのは、大人のすることではありません。しかし、自分の思い通りにならないたびに不機嫌になり、家族を振り回す。それもまた、モラハラのひとつの形なのです。
どのお店にも入ることができなかった帰り道、夫は危険運転をして…
結局、どのお店にも入れず、お惣菜を買ってベンチに座って食べることになりました。夫はそれが相当気に入らなかったようで、その後もずっと不機嫌なままでした。家族に聞こえるように「面倒くせえな」と吐き捨て、何度も舌打ちを繰り返していました。
帰宅するために車へ乗り込んだ夫は、ドアを叩きつけるように閉めました。シートベルトを乱暴に引き出し、Aさんがまだベルトを締めている途中なのに、いきなり車を発進させます。走り出して数分後、前を走る車の速度が少し遅いだけで、夫は大きく舌打ちをしました。
「下手くそ。遅いんだよ」そう吐き捨てると、前の車との距離を一気に縮めました。前方のブレーキランプが点灯するたびに急ブレーキを踏み、少し進めるようになると、今度は勢いよくアクセルを踏み込みます。そのたびに、Aさんと子どもたちの体は前後に大きく揺さぶられました。
「もう少し離れて。危ないよ」
Aさんがそう言った瞬間、夫の表情が変わりました。
「俺の運転に口を出すな」
夫はさらにアクセルを踏み込み、隣の車線へ急に割り込みました。ウインカーを出したのは、車線変更をする直前です。横を走っていた車が、慌ててブレーキを踏みました。
「パパ、怖い」
後部座席から子どもの声が聞こえても、夫は速度を落としません。
「大げさなんだよ。黙って乗ってろ」
夫は追い越した車の前へ強引に入り、今度は前方の車に向かって何度もクラクションを鳴らしたのです。
モラハラをする人が「不機嫌なときに危険運転をする」理由とは
Aさんは、助手席のドアの取っ手を強く握りしめました。ここで言い返せば、夫はもっと速度を上げる。運転をやめてほしいと頼めば、腹を立ててさらに乱暴な運転をする。それがわかっているからこそ、Aさんは何も言えませんでした。子どもも、後部座席で声を出さなくなりました。楽しかったはずの買い物の帰り道は、いつ事故が起きてもおかしくない恐怖の時間へと変わっていたのです。
走っている車の中には、逃げる場所がありません。Aさんには速度を落とすことも、車を止めることもできません。「怖い」「やめて」と訴えるほど、夫の運転はさらに荒くなる。Aさんと子どもたちは、事故が起きないことを願いながら、黙って耐えるしかありませんでした。
モラハラをする人が不機嫌なときに運転を荒くするのは、怒りを家族に見せつけ、「俺を怒らせたらこうなる」と思い知らせるためです。「危ない」「やめて」と言われると、それを指図されたと受け取り、さらに運転を荒くします。ハンドルを握っているのは自分だという立場を利用し、家族が逃げられない状況の中で、恐怖によって支配しようとするのです。
機嫌が悪くなると乱暴な運転をして家族を恐怖に陥れる。家の中でも同じように、自分の機嫌ひとつで家族を振り回していくのです。
夕方、Aさんが台所で揚げ物をしていたときのことです。換気扇が回り、鍋の中では油が大きな音を立てていました。夫がリビングから話しかけましたが、Aさんには聞き取れませんでした。夫の姿が視界に入ったため、慌てて鍋の火を止めようとしましたが、そのほんの数秒の間に、夫は怒鳴り始めたのです。
「無視かよ!」
Aさんは慌てて手を拭き、リビングへ向かいました。
「ごめん。油の音で聞こえなかった。何て言ったの?」
すると夫は、不機嫌そうに言いました。
「もういい。お前はいつも人の話を聞いていない」
夫が話したいときには、Aさんが料理をしていても、洗濯物を干していても、子どもの宿題を見ていても関係ありません。すぐに返事をしなければ、「無視された」「俺を馬鹿にしている」と怒り出すのです。その一方で、Aさんや子どもが夫に話しかけても、夫は平気で無視します。
「パパ、今日ね、学校でね」
子どもがうれしそうに話しかけても、夫はスマートフォンを見たままです。
子どもがもう一度、
「パパ、聞いてる?」
と尋ねると、ようやく顔を上げました。
「今忙しいんだ」
冷たい言葉を返され、子どもは黙って夫から離れていきました。
Aさんが翌日の予定を確認しても、返事はありません。
「明日、何時に出るの?」
もう一度聞くと、夫は怒った声を出します。
「聞こえてるよ。何回も言うな」
聞こえているのなら、返事をすれば済むことです。それでも夫は返事をしません。しかし、モラハラをする人にとって、妻や子どもは対等に話す相手ではありません。自分が話すときは、すぐに返事をし、自分の機嫌を損ねないように動くのが当然だと思っています。
自分が無視されると激しく怒るのに、家族の話は平気で無視する。夫が求めているのは会話ではなく、「いつでも俺を最優先にしろ」という服従なのです。そこには、「自分は聞いてもらう側、家族は聞く側」という上下関係があります。
妻が今日どんなことを感じたのか。子どもが学校で何をうれしいと思ったのか。夫には関係ありません。
Aさんと子どもにとって、家族で話す時間は、心を通わせる時間ではなく、夫の機嫌を損ねないための作業になっていました。
本編では、不機嫌になるたびに危険運転を繰り返し、家族を恐怖で支配するモラハラ夫の特徴についてお伝えしました。▶▶ 「もう、お父さんが怖くて嫌だ」子どもの涙が母を動かした…夫の支配から逃れるためにAさんが始めたこと
では、子どもの告白をきっかけにAさんが離婚を決意し、誰にも気づかれないよう準備を始めるまでの経緯をお届けします。



