
アムリターラ代表・勝田小百合さんは、経営者であると同時に、治療家、美容家、作家、表現者、さまざまな顔を持ちます。いま彼女が手掛けている「アムリアグリプロジェクト」をキーに、いま・これからのアンチエイジング、そしてアムリターラについて伺います。
「ないものはないんだからしょうがない」即完売のアイテムもあえて「もっと作る」ことをしない理由

‐‐今日は月に1回の社員のみなさんにお弁当が出る日ということで、とんでもないこだわりが詰まった銀座・唐津商店さんの特製のお弁当をご相伴に預かっています。からすみがスペシャリテとのことでとってもおいしい。いま淹れていただいたお茶もとても香り高いですね。
アムリターラの「自然栽培 緑茶 やぶきた」です。熊本県菊池市の自然茶栽培農家、中尾さんの栽培するやぶきた茶、新茶です。アムリターラで製品になっているものは基本的に顔を見ながらお話ししている生産者の方のものばかりです。お米の大森さん、実取さんともしょっちゅうよく会います。産地にも時々訪ねていって話をする間柄です。
‐‐レモンの都合で作る、とおっしゃっていた製品もありますね。
「佐賀県産 唐津のレモン果汁 ストレート」(2026年分完売)に使ったレモンの農家さんの場合は、人手の問題でどこまで続けられるかわかりません。唐津の農家さんを紹介してもらったところ、耕作放棄地に近い畑に野生化したレモンがあったので、これを使わせてもらおうという感じで始めたのですが、これも瀬戸内など有名な産地でやっているわけではないので、その畑がもうやらないとなったら終わりです。
果樹には表裏があって、ある年はすごく取れるけど次の年はあんまり全然取れないということが普通に起きます。これが定番商品だと困るのですが、うちは限定商品でやっているので毎年数が違います。
「ジャパニーズシトラスシリーズ」という佐賀県の自然栽培レモンを使った果汁、クレンジング、ボディミストといった一連の商品を出しているんですが、人間側の都合ではなくレモンの都合で作っているので、今年はレモンの収穫がこのぐらいだったら商品はこのぐらいの数にしておこうか、という感じです。これが生産者さんからはものすごく珍しいと言われます。普通、企業はある程度の生産量を確保してくれないと困ると言うものですが、うちはないんだからしょうがない、これしかできないんだからしょうがない、とすぐあきらめます。
人の都合で作るのではなく、自然の流れに任せて作る、それが「循環をよくする」ことにつながる

‐‐すぐあきらめる(笑)。
でも、その潔さが大事だと思っています。人間が都合を押しつけるとろくなことがないんです、生産量を上げるために農薬が必要になったり、遺伝子組み換えが必要になったりと不自然なことになっていく。みんなのキッチンに牛乳がないといけない、いつも肉を食べなきゃいけないという中で畜産があんな状態になり、卵もいつもないといけないとなるとブロイラーになって自然界は不自然なことが強いられる。
うちのマヨネーズ「ビオネーズ」は出すとすぐ売り切れてしまって、1年に1回しか出せません。平飼いの、ブロイラーとは違って産みたいタイミングで卵を産む鶏の卵を使っているので、数が作れないんです。私たちがマヨネーズ屋さんだったらこれは大変だろうなと思いますが、何屋ということもないので、無理ない感じでやっています。お醤油も2種類出しているうちの一つは自然栽培の大豆なので数が限られていますが、これもなくなったらすいません、という感じです。化粧品の他のものについては1年に必要な数を見越してやっているので、なんとか欠品は免れていますが、素材確保に課題があるものはこうやって限定にしています。
でも、これも季節の風物詩みたいな感じで楽しいじゃないですか。「またすだちの季節がやってきたね」「レモンの季節がきたから買おうか」みたいな。自分たちが使っている食べ物だけじゃなく、食物由来の恵みには当然、旬や波があるだろう、より肌に活力を与えてくれる素材をという意味で、季節の風物詩みたいなコスメがあってもいいじゃないかと。商売的には困ることもありますが、これもうちらしさだと思います。
‐‐アムリターラは食品的に化粧品を見ているというか、全部一つのものとしてつなげている、体の中も外も分けることを考えていない、という感じでしょうか。
そうです。開発の時に、この原料がいいから、コスメでも食品でも使えないかな、と両方で使えるものを常に考えています。だから、コスメにも入っていて体の中からもいい原料というのが多いんです。LPSもそうですし、山ぶどうは実のジュースも、樹液もいい。米も、おかゆや甘酒など食べるものもあれば、肌につける化粧水もあったり。一つの植物の原料をくまなく、全方位的に、命を使わせてもらうということです。感謝ともったいないの精神で、全部丸ごと使わせていただいています。
内外ケアをやっていてよかったなと思うのが、こうして無駄なくいろいろ使えることです。アムリターラは最初はコスメで始まりましたが、もともとインナーケアも大事にしていました。当時、たとえばお醤油やお酢なんかは日本の文化の中で「こういう原材料、製法だと優れているよ」という知恵の伝承がまだあったんですが、それがなかったのが化粧品でした。なかったものから作ったんです。
その後、2011年に東日本大震災が起きて、「これがいいよ」だけでは済まなくなって、「ここは大丈夫」というお墨つきのものをアムリターラフーズとして出しました。震災がなかったらフーズはそれほど力を入れてやっていなかったかもしれません。
つづき>>>「連れてこられた宇宙人みたいな気持ちで生きてきました」勝田小百合さんが計画せず流れていく先での出会いを楽しむワケ



