元プロ野球選手・張本勲さん死去 NPB史上初3000本安打の“安打製造機” 名球会も追悼
芸能
モデルプレス/ent/wide/show
【写真】元プロ野球選手・張本勲さん、生前の姿
◆張本勲さん死去、名球会が追悼
名球会は「名球会会員であり、日本プロ野球史上唯一の通算3085安打を達成した『安打製造機』として知られる張本勲さんが、2026年9月9日午後にご逝去されました。享年86歳でした」と追悼。「張本さんは、1959年に東映フライヤーズへ入団。卓越した打撃技術と強烈な勝負強さで打線の中核として活躍し、首位打者7回、最高出塁率9回、MVP1回など数々の大記録を打ち立てられました。1980年にはNPB史上初となる通算3000本安打の偉業を達成し、日本のプロ野球史に不滅の足跡を刻まれました」と活躍を振り返った。
そして「その圧倒的な打撃成績と野球に対する厳しい姿勢は、広範囲なファンに愛され、引退後も野球解説者や評論家として歯に衣着せぬ力強いコメントを通じ、長年にわたり野球界の魅力を伝え続けられました」と引退後についても触れ、「名球会においては、設立初期から創立メンバーの一人として参画され、会員の広報・活動の発展に尽力されたほか、各地での野球教室や各種イベントなどを通じて、次世代への野球の普及と発展に大きく貢献されました」と感謝。最後には「名球会一同、張本勲さんの長年にわたる偉大なご功績に深く敬意と感謝の意を表するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます」と結んでいる。
◆張本勲さん、プロ野球最多3085安打
張本さんは1940年6月19日生まれ、広島県出身。1959年に東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)へ入団し、同年に新人王を獲得。首位打者7回、最高出塁率9回など数々の記録を打ち立て、広角に打ち分ける打撃から“安打製造機”の異名を持つ。
1976年には読売ジャイアンツ、1980年にはロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)へ移籍。1980年にはNPB史上初となる通算3000本安打の偉業を達成し、23年間の現役生活で通算3085安打を記録。1981年に現役を引退した。
引退後は野球解説者や評論家として活躍し、野球界の魅力を伝え続けた。TBS系「サンデーモーニング」などにも出演していた。(modelpress編集部)
【Not Sponsored 記事】
《モデルプレス》


