
「更年期ロス」という言葉を聞いたことはありますか? 近年、更年期の不調によって仕事や日常生活に影響が及び、休職や離職につながるケースが社会的な課題として注目されています。
本記事では、更年期医療のスペシャリスト・寺内公一氏の著書から、更年期と心の不調の関係や、「更年期ロス」が注目される背景について紹介します。
※本記事は書籍『「更年期かな?」と思ったら最初に読む本』(寺内公一:著、たかはしみき:マンガ/主婦と生活社)から一部抜粋・編集したものです
※イラスト/岡本典子
更年期ロスが増えている
更年期はうつ症状や不安感が強くなることがあります
私たちの更年期外来でも、うつ症状や不安感を訴える人は多く、「やる気が起きない」「気分が晴れない」「集中できない」という人は7割近くもいます(※1)。
ただし、更年期だけに特別なうつ症状や不安感があるということではなく、メンタルの不調が更年期に現れやすいということです。
経済産業省が「女性特有の健康課題による経済損失の試算」(※2)の中で、更年期症状は1.9兆円の経済的損失があると発表し、ニュースでも取り上げられました。
更年期に休職や離職などを選ぶ更年期ロス(後述)の背景には、うつ症状があると考えられています。
近年、うつ病などの「気分感情障害」を抱える人は増加傾向にあり、男性を1としたときに女性は1.6~1.9倍と、男性よりも女性が2倍近く多くなっています。
神経症や不安症の割合も女性のほうが多いと報告されています(※3)。
女性がメンタルの不調を抱えやすい要因の一つには、エストロゲンの影響が考えられます。
セロトニンやドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどの神経伝達物質の総称を「モノアミン」といいます。エストロゲンには、モノアミンの量を増加させ、作用を増強させる働きがあります。
そのため、エストロゲンの分泌量が大きくゆらぐと、幸福感をもたらすセロトニンや、やる気に関わるドーパミンなどの働きが弱くなり、うつ症状や不安感を引き起こしやすくなると考えられるのです(※4)。
また、エストロゲン受容体の関与も示されています。エストロゲンの受容体は全身に存在しています。受容体とは、細胞にあるエストロゲンの刺激を受け取る窓口のようなものです。
エストロゲンの受容体は、学習と記憶に関わる海馬や、情動反応の処理に関わる扁桃体(へんとうたい)などの大脳辺縁系(だいのうへんえんけい/原始的な脳ともいいます)に多く分布しているため、エストロゲンの減少の影響を受けやすいと考えられています(※5)。
情動反応とは、喜びや不安などの感情にともなって起こる短期的な心身の反応のことです。
また、エストロゲンの激しいゆらぎの影響も考えられます。 初経、妊娠・出産、月経前、閉経の時期は、エストロゲンの分泌量が大きく変動するため、うつ症状になるリスクが高まる可能性があります(※6)。
たとえば、初経の頃にエストロゲンは急激に増えます。妊娠期にも急激に増え、産褥期(さんじょくき)に急速に減少します。
また、28日前後で訪れる月経周期においても、月経後から排卵まではエストロゲンが増え、排卵後に減少します。そして閉経を迎える更年期は、エストロゲンが波打つように大きくゆらぎながら急激に減少します。
特に更年期にうつ病になるリスクは、閉経前を1とすると2~2.5倍になり、うつ症状が重くなるリスクは1.3~4.3倍になるという報告があります(※7)。
また、うつ症状や不安感による変化は、心だけでなく体にも現れます。
私たちが更年期女性を対象として行った研究では、気分の落ち込みは頭痛と、不安感は吐き気・手足のしびれと関連があり(※8)、重度の不安はめまいと関連がありました(※9)。
「頭が痛い」「めまいがする」と思っていたら、背景に心の不調が隠れていた、ということもあるため注意が必要です。
「更年期ロス」は社会的な問題です
「更年期ロス」という言葉をメディアなどで目にするようになりました。これは、更年期症状が日常生活や仕事に与えるダメージを指す言葉です。
経済産業省は、女性が長く健康に働ける職場づくりを後押しするため、女性特有の健康問題がもたらす「経済的な損失額」を計算して示しました。その結果が下の図です。
月経にともなう症状、更年期症状、婦人科がん、不妊治療の4項目を対象とした結果、社会全体の損失は約3.4 兆円と推計されています。
そのうち、更年期症状によるものは1.9 兆円にも上ります。更年期には、女性ホルモンのバランスが大きく変化しますが、社会の理解はまだ十分とはいえません。
また、症状がつらいのに専門医を受診できず、適切な治療につながっていない人が多いことも課題です。
そのため、体調不良から仕事のパフォーマンスが下がったり、欠勤や休職、さらには離職に追い込まれたりすることがあります。家庭でも、夫婦間の問題に発展して、別居や離婚に至ってしまうケースさえあるのです。
更年期も、その後の人生も自分らしく暮らせるように、職場や家庭、社会全体でしっかりと継続的なサポートをしていくことが求められています。
※1 Terauchi, et al. Evid Based Complement Alternat Med. 2014:2014:593560.
※2 令和6年「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(経済産業省)
※3 患者調査(厚生労働省)
※4 Wise, et al. CNS Spectr. 2008 Aug;13(8):647-62./Soares. BMC Med. 2010 Dec 1:8:79.
※5 Osterlund, et al. Prog Neurobiol. 2001 Jun;64(3):251-67.
※6 Wise, et al. CNS Spectr. 2008 Aug;13(8):647-62.
※7 Freeman, et al. Arch Gen Psychiatry. 2006 Apr;63(4):375-82. /Bromberger, et al. Psychol Med. 2011 Sep;41(9):1879-88. /Bromberger, et al. J Affect Disord. 2007 Nov;103(1-3):267-72.
※8 Terauchi, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2013 May;39(5):1007-13.
※9 Enomoto, Terauchi, et al. Menopause. 2021 May 24;28(7):741-747.
ここまでの記事では、「更年期ロス」の背景について紹介しました。つづく関連記事では、更年期に眠れなくなる原因と治療法をお届けします。
つづき>>更年期の「不眠」は放置しないで!睡眠薬でも改善しない女性の14%に「見つかった病気」とリスク【専門医が解説】
■著者:寺内公一(てらうち・まさかず)
東京科学大学(旧東京医科歯科大学) 教授。医学博士。産婦人科医。長年にわたり更年期障害や骨粗鬆症など「ゆらぎ世代」の女性の診療に従事。日本に数少ない更年期医療のスペシャリスト。中高年女性特有の「うつ・不安・不眠」といった心の不調から、加齢に伴う体の変化、さらに食事やサプリメントが女性の体に与える影響まで、心と体の両面から多角的な研究・診療を行っている。最新の科学的エビデンスに基づきながらも、一人ひとりの悩みに優しく寄り添うわかりやすい解説に定評がある。




