
日本臨床内科医会の推計によると、国内のED(勃起不全)の患者数は約1,130万人。『ED診療ガイドライン』第3版が示す年代別の有病率でも、40代を境に数字は上がっていきます。
一方、日本家族計画協会が2020年にジェクスの依頼で実施した『ジャパン・セックスサーベイ2020』では、婚姻関係にあるカップルのセックスレス率は51.9%でした。同協会が2年ごとに続けている「男女の生活と意識に関する調査」で理由を尋ねると、男性の1位は「仕事で疲れている」、女性の1位は「面倒くさい」。上位に並ぶのは意欲や余裕の話で、「できない」という身体の問題は、そこに見当たりません。
今回インタビューをしたケンサクさん(仮名・43歳)もレスに悩む一人。妻は原因を出産を経て変化した自分の身体だと思っている。ところが夫のケンサクさんは、それを一度も訂正していません。今回、その事情についても聞くことができました。
【無子社会を考える #36】
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※写真はイメージです
「産後だから」で済ませていた半年
ケンサクさんの長男が生まれたのは、3年前の春でした。当時40歳。妻は3歳下で、共働き。都内の中堅メーカーで営業職をしています。出産は平日の深夜でした。連絡を受けて病院に駆けつけたときには、すでに生まれていたといいます。
「立ち会えなかったのは、今でも少し引っかかっています。妻は『仕方ないよ』と言ってくれましたけど」
退院後は生活が育児一色になりました。妻は夜間の授乳で細切れにしか眠れず、ケンサクさんも帰宅後は沐浴と家事を担いました。夫婦の間に性的な接触はありませんでしたが、そのことを問題だと感じる余裕もなかったそうです。
「産後だから当たり前だと思っていました。半年くらいは、何も考えていなかったです」
「ごめん、まだ無理」と断られた夜
産後5カ月ほど経った秋、長男が夜まとまって眠るようになったころ、ケンサクさんは妻に声をかけました。産後初めてのことでした。
「妻は『ごめん、まだ無理』と言いました。怒ったわけじゃなくて、申し訳なさそうに。身体がまだ戻ってないし、そういう気持ちにならない、と」
その場では納得した、とケンサクさんは言います。
「当然だと思いました。あれだけ大変な思いをして産んで、まだ夜中に起きてるわけですから。無理なのは当たり前です」
ただ、同じことが何度か続きました。声をかけるたびに断られ、そのうち誘わなくなったといいます。
「断られること自体より、断らせているのが嫌だったんです。妻に毎回『ごめん』と言わせている。それが続くと、こっちも言い出せなくなる」
妻から誘われた夜、今度は自分がダメだった
年が明けて、長男が1歳に近づいたころ、妻のほうから「そろそろ、いいよ」という雰囲気を出してきました。
「今度は妻から言ってくれたんです。ようやくだと思いました。でも、ダメでした」
途中まではよかった。ただ、「ちゃんとしなきゃ」と思った瞬間から、身体が動かなくなったといいます。妻は「疲れてるもんね」と言い、ケンサクさんも「ごめん、たぶんそう」と答えました。
「立場が逆になったなと思いました。半年前は妻が謝っていて、今度は僕が謝っている。その場では、そこまで深刻な話じゃなかったんですけど」
気づけば、朝も元気にならなくなっていた
深刻さを自覚したのは、その後でした。同じことが何回か続き、そのうちケンサクさんは別のことに気づきます。いつからそうなってしまっていたのかは、本人にも分からないといいます。
「妻とだけの問題じゃなかったんです。朝、普通に元気になっていたのが、いつの間にか全然なくなっていた。一人のときも同じでした。たぶん、少しずつだったんだと思います。育児で寝てないし、仕事も忙しかったし、体重も増えていた。全部そのせいだと思おうとしていました」
その後も何度か試みましたが、結果は同じでした。4回目か5回目のあたりで妻が「私の身体、産後で変わったから…」と口にします。産後の腹部や体型の変化を、妻自身が気にしているのはケンサクさんも分かっていました。妻へ向かって「そんなことない」と繰り返しましたが、実際に“機能しない”という事実の前では、言葉は軽かったといいます。
「妻のせいじゃないと言いたかったんですけど、じゃあ何のせいなのかを、そのとき自分でも説明できなかったんです」
▶思い切って受診すると、「原因は一つじゃないですね」と医師は言った
「原因は一つじゃないですね」と医師は言った
ある日、ケンサクさんは泌尿器科を受診しました。妻には言っていません。
「検索したら、EDには心因性と器質性があると出てくる。自分は心因性だろうと思っていました。でも、両方の可能性があるなら調べたほうがいいと書いてあったので」
問診で医師は淡々と質問を重ねたそうです。いつからか、朝の勃起はあるか、睡眠時間は、飲酒量は、体重の変化は。血液検査と血圧測定も受けました。結果を聞いたとき、医師はこう言ったといいます。
「原因は一つじゃないですね、と。睡眠不足と、体重と、血圧と、あとは精神的なもの。どれか一つが決定打というより、全部が少しずつ影響している状態だと説明されました。合わせて、生活習慣の改善も勧められました。睡眠、運動、減量…全部、育児中の共働きには一番きついやつです。やろうとはしたんですけど、続かなかった。40代で僕のような症状になる人はめずらしくない、とも言われました。めずらしくないと言われても、あまり救いにはならなかったです。むしろ、じゃあ治らないのかなと思った。」
薬も処方されました。何度か自分で試しましたが、そのたびに気持ちが冷めたといいます。
「効くには効くんです。でも、僕は飲まないとダメな身体になったんだな、と思ってしまって。そこからは、気持ちが冷めてしまい、結局、妻とするには至りませんでした」
妻には「疲れてる」としか言えなかった
受診したことを、ケンサクさんは妻に話しませんでした。「最近、本当に疲れてて」とだけ伝えました。嘘ではありません。ただ、診断がついていることも、薬を持っていることも伏せ続けました。
「なんて言えばいいのか分からなかったんです。『病院に行ってきた』と言えば、当然『何て言われたの』と聞かれる。EDです、と自分の口で言うのが無理でした。あのとき全部話していたら、何か変わったのかもしれない。でも、『男として機能しなくなりました』と妻に報告するのは、どうしてもできなかった。言いにくい関係なんです」
妻からの誘いは、それを境になくなりました。「無理しなくていいよ」と妻が言い、「ごめん」とケンサクさんが返す。そのやりとりも、その年の夏以降はなくなったといいます。妻が自分の身体を原因だと考えていることには、うすうす気づいていました。
「産後、妻が筋トレを始めたんです。最初は健康のためかと思っていたんですが、たぶん違う。でも、否定するには本当のことを言うしかない。だから何も言いませんでした」
ある日、保育園で「大変ですね」と言われた
長男が2歳半になった秋、ケンサクさんは保育園にお迎えに行った際、同じクラスの子の母親に声をかけられます。妻と親しく、家族ぐるみで公園に行ったこともある人でした。
「笑いながら、『ケンサクさん、大変ですね』って言われたんです。何のことか分からなくて『何がですか』と聞いたら、『いえいえ、うちもですから』と、また笑って」
意味が分からないまま帰宅し、妻に聞きました。妻は少しばつが悪そうにしながら、レスであることを隠さずに話したそうです。数日前のママ友の集まりで、産後の夫婦関係が話題になったといいます。誰かが「うち、産後ずっとレスで」と言い、別の誰かが「うちも」と続いた。そこで妻は、こう言ったそうです。
「うちもレスなんだけど、うちは旦那が最後までできなくて。だからお互い様みたいな感じ」
みんな『えー』って笑って、『でも優しい旦那さんでいいじゃん』、『うちは向こうが迫ってくるからもっと大変』、と会話が続いたそうです。ケンサクさんは、その場では怒りませんでした。「そういう話、外でするんだ」と言っただけです。妻は「ごめん、みんな言ってたから」と答え、それで終わりました。
「怒れなかったんです。妻が言ったことは、事実ですから。嘘を広められたわけじゃない」
ただ、その夜から、ケンサクさんは保育園のお迎えの時間をずらすようになります。
▶妻のレスは「悩み」、夫のEDは「ネタ」だった
妻のレスは「悩み」、夫のEDは「ネタ」だった
ママ友の集まりで交わされた会話を、ケンサクさんは何度も頭の中で再生したといいます。そこで気づいたことがありました。
「『産後、夫に触られたくない』という話は、あの場で真剣に共感されたらしいんです。身体が戻っていないとか、育児で余裕がないとか。それは悩みとして扱われている。でも『夫ができない』は、笑っていい話だったんです」
同じ夫婦の、同じ寝室の話です。片方の『したくない』は痛みとして受け止められ、もう片方の『できない』は笑い話として消費される。
セックスレスに関する調査は少なくありません。ただ、その多くは「どちらが拒否しているか」を軸に設計されています。日本家族計画協会の「男女の生活と意識に関する調査」でも、レスの理由の1位は男性が「仕事で疲れている」、女性が「面倒くさい」。意欲や余裕をめぐる項目が上位を占め、身体の機能そのものは目立つ位置に出てきません。
「男は常にしたい側で、するかしないかを決めるのは女性側、という前提があるんだと思います。その前提の中では、僕みたいな男は存在しないことになっている。だから笑われる。存在しないはずのものが出てきたから」
ケンサクさんは、妻を責めてはいません。ママ友たちのことも責めていない。ただ、妻の話を聞いた夜に、はっきり思ったことがあるといいます。
「ああ、この人とはもう一生ないな、と思いました。そのとき初めて、そう思った」
怒りではなかった、と本人は言います。その夜以降、ケンサクさんは治療を続ける理由も、本当のことを打ち明ける理由も、同時に失ったといいます。
「怒ってたら、まだよかったんですよ。怒るってことは、期待があるってことなので。そうじゃなくて、すっと決まった感じでした。決めたというより、決まった。妻を嫌いになったわけじゃないです。今も普通に暮らしてるし、たぶん離婚もしない。ただ、この人とそういうことをする日はもう来ないんだな、と。それが分かったら、逆に楽になった部分もあります」
ここまでは、ケンサクさんがレスの解消を目指さなくなるまでのことをお伝えしました。つづく後編『「この先、一生ないんだな」レスになってから3年。43歳の夫が悟った「寂しいまま普通に暮らす」という確信』では、その後の夫婦関係について語っていただきます。
>>後編を読む
『「この先、一生ないんだな」レスになってから3年。43歳の夫が悟った「寂しいまま普通に暮らす」という確信』



