
日本のシンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)界を牽引してきた小谷実可子さん。
引退後は、コーチとして次世代の育成やシンクロの普及活動を行い、スポーツ・教育団体の要職を歴任。私生活では2人の娘を持つ母として、40代、50代を駆け抜けました。東京2020オリンピック・パラリンピックでは組織委員会のスポーツディレクターに就任し、競技運営の責任者として奮闘。多忙を極めるなか、30年ぶりの競技復帰というニュースが話題となりました。
この華々しいキャリアは私たちにとってあまりに遠い世界の存在のように思えますが、長年指導者としても活躍してきた小谷さんの言葉は、日々ゆらぎに翻弄されながら、輝くことをあきらめがちな私たちを明るく照らしてくれるものでした。
大きな夢や目標を持つことと同じくらい大事なこと、「もう年だから」と諦めない、心と体の整え方とは?
▶メンタルが強いわけではない「鬼のメンタル」ではありません(笑)。「すべてのできごとには意味がある」という言葉が支え

――50代からの再挑戦にはメンタルの強さも必要な気がします。小谷さんのようにメンタルが強く、いつも前向きでいるための秘訣はありますか?
「娘には『鬼のメンタル』なんて言われますけど、実際はそれほど強くはありません。
10代の頃は、絶対に勝てると期待されながらもずっと勝てない時期が続き、どん底に落ちたこともあります。そこから、できないことに向き合い、どうすればできるようになるのか、何度もトライをして、ようやく日本チャンピオンを手にしたんです。
当時、アメリカのチャンピオンから『Things happen for reason(すべてのできごとには意味があるんだよ)』とかけられた言葉が、私の人生において支えになっています。
簡単に日本チャンピオンになっていたら、できないこと、苦手なことに向き合い、乗り越えようとする努力を知らずにいたかもしれません。どん底を味わったからこそ、努力することを学べたんだとポジティブにとらえることができました。
20代以降は、シンクロに関わらず、仕事や子育てなどすべてにおいて、壁にぶつかったら、学べるチャンス、成長の機会を与えてくれたんだと前向きに取り組めるようになりました。練習の話でもしましたが、できないことができるようになる喜びを感じられるので、困難なことがあっても前に進めるんです。
これをメンタルが強いっていうのでしょうか(笑)」
――シンクロの練習を通じて体だけでなく、心も鍛えられていったんですね。「心技体」と言われますが、パフォーマンスを高めるためにはどれか一つではなく、3つのバランスが大切なんだと改めて感じました。小谷さんの物事のとらえかたは、人生を楽しく生きるヒントになりますね。
「アスリートだけが困難と向き合っているわけではないし、ぶち当たる壁の高さは人それぞれ。その壁をどうとらえるかではないでしょうか。
ポジティブにとらえることで、参考にしたことがもう一つあるんです。10代の頃に読んだ『サザエさん』の4コマ漫画です。雨が降った日、マスオさんは『雨が降って嫌だな、濡れてしまうな』と言うんです。一方、サザエさんは『雨が降ったおかげで新しく買った傘が使えてうれしいわ』と楽しそうなんです。同じ雨でも考え方一つで変わるんだ、私はサザエさんのマインドで生きて行こうとそのとき決めました」
▶「何のために生きていけばいい?」人生のどん底を救った言葉は目標達成後にやってくる燃え尽き感。立ち止まりそうになる自分を奮い立たせたのは「次なる目標

――前を向いてぐんぐん進んできた小谷さんでも、立ち止まってしまった時期があるそうですね。
「ソウルオリンピックでは、ソロとデュエットでメダルをとりましたが、2回目のバルセロナでは、代表に選ばれたものの出場機会を得られず、自分はシンクロ界の役には立てない、何のために生きていけばいいのかと人生のどん底を味わいました。
そんなときに思い出したのが、とあるアメリカ男性に誘われ野生のイルカと泳いだときこと。2週間ほどカリブ海でただ泳ぐ日々でした。大自然のなかにいると、私はオリンピックのメダリストですごいことを成し遂げたと思っていたけれど、地球のなかではちっぽけで無意味な存在なんだと。
時々、野生のイルカと一緒に泳いでいると、とても幸せな気持ちになれました。私は振り付けや音楽がなければ、人の心を動かす演技ができないけれど、野生のイルカはただそこにいるだけで人を笑顔にできるんだと感動してしまいました。そのとき、私はこの世に生まれて地球に生かされている存在なのだから、生まれてよかったと思われる存在でありたいと思ったんです」
――さまざまな役職のお仕事をされている背景にはそんなことがあったんですね。東京2020オリンピック・パラリンピックの招致や、運営に係るお仕事もその一つでしたが、その後にマスターズへの挑戦が始まりました。これも、「自分は何ができるのか」「社会に貢献できるのか」を考えたからでしょうか。
「オリンピックはコロナ禍ということもあり、すべてが初めてのことばかりで不安な日々でした。無観客での開催になりましたが、なんとか全競技日程を終えることができました。毎日全力投球で取り組んだ分、終わったあとに空っぽな状態になってしまい……。燃え尽き状態で無気力になっていたところに、日本で世界マスターズ水泳選手権が開催されることを思い出し、せっかく自国で開催されるなら挑戦してみようと。新たな目標ができたんですね」
――やはり目標を持つということが大切なんですね。
「そうですね。最初にお話をしたように、目標があるから練習も楽しくできる。それに日本代表としてオリンピックなど世界の大会に出場していたときはすべて周りがおぜん立てしてくれて競技に集中していましたが、マスターズでは異なりました。
練習場所の確保から体のメンテナンスまで全部自分でやらないといけない。テーピング用のテープや鎮痛剤も買いに行きますよ。出費がかさむので、ドラッグストアのクーポンを利用したり、ポイント10倍デーの日に買い物に行ったり。大変だけれど、自分で工夫しながらやるのは、20代の頃とは違う喜びを得られました」
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