
モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。「働く女性」は、モラハラやDVをする夫から簡単に逃げられるのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。さまざまな事情から、支配的な配偶者との結婚生活を続けている方は少なくありません。オトナサローネ世代のモラハラ被害にフォーカスした本連載、今回は、自営業の夫の借金と嘘に振り回され、「私が悪いのかもしれない」と自分を疑い続けてきたRさんのお話です。
「夫を助けたい一心で貸したお金は、いつまでたっても返ってくることはありませんでした」
返済を求めれば怒鳴られ、ついには暴力まで振るわれる。それでもRさんは、長い間、夫を信じようとしていたのです。
※本記事は、相談者様への敬意と守秘義務に十分配慮したうえで、モデルケースとして編集・再構成しお届けしています。特定の人物や事例を示すものではありません。
※写真はイメージです
「困っているなら助けたい」そんなささやかな気持ちから始まった地獄
Rさんが夫から初めて「お金を貸してほしい」と頼まれたのは、結婚して間もない頃でした。工務店を経営する夫が、深刻な顔で頭を下げたのです。
「仕入れの支払いが厳しくて。少しの間だけでいいから、20万円貸してほしい。来月には必ず返すから」
Rさんには、結婚前から少しずつ貯めてきたお金がありました。しかし長年、経理の仕事をしていたこともあり、なぜ資金繰りが苦しくなっているのか、夫に尋ねたのだといいます。すると夫は、顔を歪ませてこう言いました。
「俺を信用できないのか」
Rさんは理由を知りたかっただけなのですが、「家族を疑っている」と責められているような気持ちになり、それ以上は聞くことができなくなってしまいました。
なにより、「夫婦なのだから、困っているときは支え合いたい」という気持ちが、Rさんの中にありました。
お金を貸すと、夫は、
「助かった。ありがとう」
と笑顔を見せてくれました。
その笑顔を見て、Rさんも、「夫の役に立てて嬉しい」という気持ちを持ったのですが……約束の翌月になっても返済はありませんでした。
夫は、
「来週には必ず返すって!」
と言うばかり。しかも「別の支払いもあるんだ」と、再びお金を求めてきました。
「この前のお金も、まだ返してもらっていないんだけど」
Rさんがそう言うと、夫は突然豹変したそうです。
夫はRさんを「家族なのに冷たい」となじり、「人の心がないのか!」と怒鳴りつけ、その後も何日も不機嫌な態度を取り続けました。
しかし、Rさんが折れてお金を渡すと、夫は驚くほど穏やかになったと言います。
「お前がいてくれて助かったよ」
と、優しい言葉をかけるのです。
その笑顔を見ると、Rさんは、
「やっぱり夫は悪い人じゃない。今は仕事が大変なだけなんだ」
と思ってしまったのだといいます。返してもらえない不安はあっても、優しくされると、また信じたくなってしまう。お金を貸せば優しくなる、断れば怒鳴られる。その繰り返しの中で、Rさんは「夫を助けたい」という気持ちだけでなく、「怒らせたくない」という怖さもあって、次第に毎回お金を渡すようになっていきました。
「仕事が落ち着けば、まとめて返してくれるはず」
そう信じて貸し続けた結果、Rさんの結婚前からの貯金は、ついになくなってしまいました。独身時代、決して高くない給料の中から、コツコツと貯めてきたお金でした。
「もう貯金はないから、貸せないよ」
そう告げると、夫は
「お前の親なら出せるだろう」
と言い始めたのです。
Rさんは瞬間的に(絶対にイヤだ)と思いました。自分の貯金だけならまだしも、親のお金まで返ってこなかったら……。そう考える一方で、夫に断れば怒鳴られることもわかっていました。
「今までのお金、そろそろ返してほしい」そう告げた日
「今までのお金、そろそろ返してほしい」
勇気を出して夫にそう伝えると、夫はRさんをにらみつけました。
「お前がそうやって責めるから、俺は余計に金が回らなくなるんだ!」
「俺はこんなにもお前のことを考えているのに、どうしてわからないんだ?」
借りているのも、返済していないのも夫です。それなのに、いつの間にか「返してほしいと言ったRさん」のほうに問題があるような雰囲気にされてしまいました。
このようなやりとりを繰り返すうち、Rさんは、「私が責めたから、夫は追い込まれたのかもしれない」と考えるようになっていったといいます。
これは、モラハラでよく見られる「責任転嫁」です。
本来であれば、借りたお金について夫は今の状況を説明し、返済のめどについて話す責任があるはずです。ところが、そうせず逆に妻の言い方や態度を責めることで、自分が果たすべき責任から話をそらしてしまうのです。
しかもRさんの夫は、「お前のことを考えている」と、あたかもそこに愛情があるかのように言います。夫を信じたいRさんは、その言葉にすがろうとしていました。
「返済を求めれば責められる。何も言わずにいれば、夫は機嫌よく過ごす」こうしたことが続くと、「もう貸せない」「返してほしい」と伝えること自体が怖くなっていきます。いつしかRさんは、お金の問題を解決することよりも、夫を怒らせないことのほうを優先するようになっていました。
本来は「夫がお金を返さない」という問題だったはずです。それがいつの間にか、「妻が夫を怒らせないように気をつける」という問題にすり替わっていました。
「お金を貸した私が、なぜか夫の顔色をうかがい、謝る側になっていたのです」
と、のちにRさんは語ってくれました。
外面がいい夫に、近所の人も両親もだまされていた
夫は、仕事関係の人やRさんの両親の前では、穏やかで礼儀正しい人でした。両親に会えば、深々と頭を下げ、「いつでも遊びにいらしてください」と笑顔で話します。両親も、「本当に優しい人ね」と、夫のことを気に入っていました。
ところが、誰もいなくなると、夫は別人のように不機嫌になります。
「お前の親にどれだけ気をつかったと思うんだ。俺は疲れたぞ」
そんな理由をつけては、Rさんを責め、文句を言うのです。
Rさんは、夫について両親に相談したいと思うこともありました。しかし、両親が知っているのは、礼儀正しく、優しく笑う夫の姿です。(家で怒鳴られていると話しても、信じてもらえないかもしれない)Rさんは、そんな不安を感じていました。夫の評判がよければよいほど、家の中で起きていることを人に説明するのは難しくなっていったのです。
ある夜、返済の話から暴力へと発展し…
Rさんがお金を貸してから、5年の歳月が過ぎました。もう夫にお金の話をすることも諦めていたRさんですが、子供のためにまとまった出費が必要になり、ある夜ついにRさんは真剣に夫に相談をしました。
すると夫は突然、はげしく怒りだしました。
「いい加減にしろ!」
そう怒鳴ると、Rさんの肩をつかんで壁に強く押しつけ、頬を平手で打ったのです。
夫が自室に去ったあとも、Rさんは、頬を押さえたまま動けませんでした。ふと廊下のドアに目をやると、隙間から子どもがこちらを見ていました。
胸が締め付けられるような感覚を覚えながらも、子どもに不安や恐怖を与えたくなくて、Rさんは何事もなかったようにニッコリと笑って、優しく「おやすみ」と声をかけました。
そしてキッチンに戻り、洗い物を始めました。
子どもや夫に気づかれないように、涙をそっと拭ったといいます。返済してほしいと頼んだだけなのに、どうしてこんなことになったのか。子どもにあの場面を見られたことも、Rさんの胸に重く残りました。
本編では、工務店を経営する夫から何度もお金を求められ、返済を求めれば責められ、ついには暴力まで振るわれたRさんが、それでも「私が悪いのかもしれない」と自分を責め続けていたことについてお届けしました。
▶▶「ねえ、笑ってごまかさなくても大丈夫だよ」友人のひと言で、はじめて「私は悪くないのかも」と思えた日
では、夫から暴力を受けてもなお離婚を考えられなかったRさんが、友人に初めて夫婦生活のことを打ち明け、自分の置かれていた状況を見つめ直し、家を出て離婚に至るまでについてお届けします。



