倉科カナ、2024年は「これが遺作だなって毎回思いながら」「業界辞めるくらいの爆破はしそうでした」
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◆倉科カナ、過去の苦悩を告白
高校2年生の頃「結構お家が貧しかったので、バイトばっかりやっていたんですよ。バイト掛け持ちで朝、昼、晩とかやってて、あまり学校にも行けてなかった」と切り出した倉科。当時はそんな日々に嫌気がさし「一旦…生きるのをやめたくなっていた時期(だった)」と過去の苦悩を告白した。
一時は「なんか人生が楽しくなくなっちゃってきて『どうみんなとさよならしよう』みたいなことまで考えてた」というが、ある時「『このままだったら、ちょっと生きていけない』って思って『だったら環境を変えよう!』って、人生一度きりだったらチャレンジしてみようと思った」と一念発起したそう。「子どもの頃に芸能界に興味があったから『じゃあ芸能界に行ってみよう!』って思った」と芸能界を目指した経緯を語った。
◆倉科カナ「業界辞めるくらいの爆破はしそうでした」
また、見た目の可憐さとは裏腹に、素の自分はもっとラフだと話す倉科。18歳でグラビアデビューした当時は「すごい楽しかった」が、19歳の頃には「(オファーが)来る役だったりとかがブリブリした役だったりとか、恋敵とか、女性らしい役が多かった」と、自身と役柄とのギャップに戸惑いを感じていたそう。その傾向は今なお続き「楽しみがわからなくなってきちゃって、ずっと役柄をやっていると自分の時間がないから感覚がわかんなくなってきた」ことから、長年閉じ込めていた葛藤が溢れ出し「本当に今年は『これが遺作だな』って毎回思いながら、業界辞めるくらいの爆破はしそうでした」と明かし、独立の話も進んでいたそう。
そんな自身が「ボロボロ状態なのはわかってる」ため、仕事を休んでの海外行きも検討したという倉科。占い師から、11月からの3ヶ月間は人生の流れを変える転機であり、2025年は運気が良く新しく生まれ変わるチャンスが待っていると聞くと、嬉しそうな笑顔を見せていた。(modelpress編集部)
情報:フジテレビ
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